取らぬ狸の皮算用の政治責任   

 内閣支持率がついに20%を割ったそうだ。まだ20%ほどの支持者がいることに驚きだが、子ども手当も基礎年金も、高速道路無料もガソリン税減税も、み~んな、取らぬ狸の皮算用だった。こうした消費者が喜ぶ政策の大安売りは、結果的に消費者が赤字国債という名の借金を伴うことになったというのは、マニフェスト詐欺と非難されても仕方のないところだ。

マニフェストというのは、いつまでに実現するのか、その財源をどうするのかといった設計図であったはずだ。子ども手当の財源5兆円は、無駄を廃止して捻出するはずだった。民主党は、現政権の無駄が16兆円あり、これを廃止して国民の生活に直結する政策に切り替える、と約束した。

 事業仕分けの結果捻出できたのはわずか6000億円。約束した分の3%程度だ。基金を返納させて3兆円程度までふくらませて「成果があった」と喧伝しているが、そもそも、基金の返納は無駄の削減ではない。当初語られていなかった基金の返納という裏技があったのなら、当初の想定分に加えて総額18兆4000億円ほどの財源が捻出できたはずではないか。

 無駄を廃止して国民に還元します、と約束したが、結果的に省ける無駄はなかったのだから、還元できません、となるのが普通だ。当初、何が無駄であると試算していたのか、実際やってみてなぜ削減できなかったのか、削減できると勘違いした理由、そして、ごめんなさいと謝罪し、赤字国債を発行してまで公約を実現すべきか、それともやめてしまうのかを国民に聞くのが筋だ。

 民主党は筋が通っていない。何を指摘しても必ず違うロジックで正当化してくる。これは俗に「ああ言えばこう言う」というやつで、議論が成り立たない。民主党への政権交代がもたらしたものは、政府や与党、そして責任ある政治家のコトバの重みを限りなく軽くしたことだ。こんなことがまかりとおるなら2000万を超える年収を彼らに与える価値などない。

 自民党が予算案の対案として作ったとされる案には、子ども手当の廃止が載っているそうだ。世論調査でも子ども手当は評判が悪く、廃止を唱えても世論的には容認されそうだ。

 しかし、廃止なら廃止で絶対譲れない点がある。それは、所得税と住民税の扶養控除廃止を撤回し、もとの制度に戻すことだ。「控除から給付へ」というもっともらしいお題目のもとで実施されることになった子ども手当支給は控除廃止とワンセットである。

 子ども手当だけ廃止となったら、いきなりはしごを外すどころか、階下へ突き落とすにも等しい。控除の廃止で家計は確実に縮小しているのだ。こんなバカバカしい政府に我ら庶民が対抗する手段は、家計を限りなく緊縮することくらいしかない。年収2000万の議員などにはわからない切実な苦労を、国民はまだしばらく続けていかなくてはならないのだ。

 この情けない生活が、政権奪取しか見えていなかった連中の、取らぬ狸の皮算用がもたらした結末なのだ。この責任を奴らにとらせる方法を、国民は考えた方がいい。
[PR]

by cogno_eb2 | 2011-03-01 06:13 | ニュースコラム

<< 帰宅困難者 民主の「控除から手当てへ」は、... >>