manifesto = 夢物語   

元三重県知事の北川氏には申し訳ないが、日本では、「manifesto」とは「夢物語」と訳すのが適切かと思えるくらい、マニフェスト政治なんて、はっきり言って機能しなかった。

財源の保証も無いのに広げられたばらまきの大風呂敷に騙された国民は、ウソだったと気がついても、再政権交代をさせるためには4年間待たなければならない。その間にどんどんこの国がおかしくなっていくのに、なすすべもなく見ているだけ。

約束を果たせなかったら権力の座から潔く降りる、という政治家の資質が伴っていなければ、マニフェストは成立しないことを、国民は高い代償を伴って学びつつある。

約束のペーパーよりも、政治家の資質こそが重要なのだ。政治家の資質が伴っていれば、言ってしまったから拘束されるというマニフェストなど、逆に無いほうが柔軟なのではないか。

日本は、マニフェスト政治の到来には早すぎた。政治家の資質を見抜ける国民の賢い眼こそが求められた。どだい、次の4年間で何をどうするかに関して、すべてのプランを持ち合わせられるほど、国政はたやすくなかろう。主要な争点について公約し、それ以外のことについては民意を反映させられるシステムを構築することの方が合理的だ。

民意を反映させられるシステムを持っている政党こそが政権につくべきであるし、国民からNOを突きつけられたなら「全うすることが責任」なんて言わずに明確に責任を取る人間の集団が権力を任されるべきなのだ。
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by cogno_eb2 | 2011-05-07 06:36 | マニフェスト

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