いじめ自殺問題について思う   

いじめ自殺のニュースを耳にするたびに、心が動揺します。

子を持つ親として、子どもが集団暴行や自殺の練習など、そんな悲惨な時間を送っていたと思うと、いたたまれなくなります。

それに輪をかけて、担任に訴えても、警察に訴えても誰も相手にしてくれなかった、というのが事実なら、怒りで震える。

自殺といういたたまれないニュースが流れるとき、こういう時は決まって担任、校長の学校側も、教育委員会側も、「いじめは無かった」とか、「いじめが自殺の原因とはいえない」といって逃げる。こんなアホなことがまかりとおるなら、教育委員会なんて不要だ。

自分の子は自分で守る。いじめがあるなら私はモンスターペアレンツにだってなんだってなる。あるいは、そんな学校に大切なわが子を預けない。

これからうちの子が大きくなって学校に通うことになったら、いじめは絶対悪だと教えていこう。

見て見ぬふりも同じくらい悪だと教えていこう。

何よりも、人をいじめるという劣悪な生命を持たないように、家庭でのふれあいを大切にしていこう、と思う。

人を助けて自分がやられたら、そんな学校やめさせる。そんな時間を我慢して過ごすことなどないからだ。

義務教育の現場であれば、教育レベルや教師の質は、公的に保証してもらわなければ納得がいかない。学区の学校がひどい状態だからカネかけて私立に入れる、という選択をしなければならないほど「入れたくない」学校を、公的に運営する必要はない。税金使ってそんなバカ教師どもを雇うなんてあり得ないだろう。

少なくとも、入れる側が入れる学校を選択できるようにすべきだ。ひどい学校は生徒も集まらず、淘汰される、生徒を集めたければ教師の質も含めて学校側が工夫しないと生き残れない、という仕組みを考えた方がよい。すでに学校選択制を導入しているところでは、いじめの問題はどうなっているのだろうか・・・。
[PR]

by cogno_eb2 | 2012-07-17 20:51 | ニュースコラム

<< ビデオカメラ SONY互換バッテリー 小沢新党に橋下新党・・今必要な... >>