維新八策の評価(1)   

維新八策を読んだ。

第一印象は、政権交代を実現させた民主党のマニフェスト以下である、ということ。

維新八策は、国民との約束ではないらしい。どうやら、党の綱領という位置づけらしい。

よって、昭和の臭いを感じさせる「公約」でもなく、民主党が名を汚した「マニフェスト」でもない。

綱領とは政党の基本理念・基本方針のようなものと認識しているが、維新八策は維新の会という集団内で「こうなったらいいな」という願望を集めたものという印象がある。

もしこれ以外に「公約」や「マニフェスト」に相当するものが今後出てこない場合は、この八策を公約の8つの大柱として評価するしか無く、現時点ではそうした目でこの八策を眺めていくことにする。


維新八策が見据える国家像は残念ながら判然としない。どうやら

・政策的選択(選択的税の投入)
・国民・企業の自己責任化
・ほぼすべての分野において競争原理の導入

ということらしい。

県知事などの首長の評価はすこぶる悪い。世の評論家も「あいまい」「道筋が不明」「実現性にとぼしい」と酷評が目立つ。

それもそのはず。現状認識を明らかにしていないので、なぜそれが必要なのか、何をどうするつもりなのか、ということが全く見えないのだ。

少しずつ分析していきたい。

まず「日本再生のためのグレートリセット」をしたい、と橋下は考えているらしい。

日本は再生させなければならない、ということは、日本は沈んでしまっている、ということの裏返しだから、日本の現状をどのように見ているのか、何が課題点であり、見据える将来像はこうだから、故にこのように変える、という説明がないと、賛成・反対以前の話であるわけだ。

「グレートリセット」などと耳慣れない言葉を前面に出し、大がかりにシステム転換するような印象を訴えている。

リセットするということは、現状のシステムが、法が予定している姿からズレてしまっているからリセット=原点回帰するという意味に取れるが、いったいどの地点のシステムに回帰するつもりなのか。リセットしたあとに再構築と言っているが、もともと予定されているシステムに戻っても足りないことを示しており、何が足りないからどこを再構築するのか示すべきである。

端的に言えば、現状認識について、橋下流の歯に衣着せぬ表現で開陳することが必要なのではないだろうか。

今の何がいけないのか、何が不合理であり、その理由は何だと橋下は考えているのか。大阪府政・大阪市政でマスコミ相手に鋭く指摘してきたそのスタイルそのままに国政を論ずることが必要だと考える。

マニフェスト政治が民主党によって失敗した今、現状認識と国家・生活の将来像の共有によって、有権者から政治家に政治権力が付託される姿に移行するような予感を持つが、維新八策には、共有すべき将来像が描かれていないという致命的な欠陥があるのである。

描かれているのは八策の前文で、中央集権が元凶で閉塞感が漂っているから、中央集権はやめて分権型にし、国民・企業は自立して、競争せよ、ということくらいだ。

まったくもって何を言っているのかわからない。

国民や企業の側からすれば、法制度の決定権限が国から地方自治体(道州)に移ったところで、ミニ霞ヶ関ができてしまえば結局構造的には変化しない、と感じていることをくみ取れていない。

問題は、法制度の決定権限にどれだけ国民の意思が反映されるかということであり、その構造転換ができなければ、上意下達の「上」が国なのか地方なのかの違いでしかないのだ。
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by cogno_eb2 | 2012-09-21 04:20 | 維新の会

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