解放までの政府の動き、そしてその後   


政府、焦燥の8日間…「一喜一憂せず」が合言葉に

 事件が終わるとようやくその間の対応がどのようなものであったか、情報が公開されるものだ。事件の最中は情報は出せないのは当たり前だ。それなのに、「政府の対応はダメだ!」とか「本気で救おうと思っているのか!」といった政府批判を事件解決前に言ってた人たちは、一体なんの根拠があって非難していたのだろう。その人たちはどんな情報をもちえて「政府は何もしていない」などと言えるのだろう。語尾に全部「と思う」とつけようね。情報持っていないのに断定表現はやめよう。それから、対案を出そう。「こう動け」ってね。

問われる「自己責任」、退避勧告に法的拘束力なく

 自己責任であれば、政府は救出しなくてもよいことになる。でも国民の生命を守る使命のある政府は、そんなことは言えない。自己責任だといっても、自国民の行動には責任を持たなくてはならないのが政府だ。だから全力で救出に動いていた。

記事には
「家族の要求については、平沼赳夫・前経済産業相が「自己完結型の自衛隊が行くのも危険だから行くなと言っている親が、未成年の自分の子供を止めることができないで、ああいう戦地に行かせてしまう。これはやっぱりおかしい」と批判している。」とある。確かに。

「自覚持ってほしい」=解放の3人に苦言-小泉首相

救出費用の負担求める声も=自己責任を強調-閣僚発言

3人の理念に共鳴していた人たちは、これらの閣僚の発言には猛反発するだろうなぁ。

自制促す言葉相次ぐ…解放3人の家族ら

 家族の認識がこのようで、ひとまずほっとした。「理念が崇高だから」と言っていた多くの人たちはどう考えるだろう。「理念が崇高だから、彼らがもう一度行きたいと言うなら行かせればいい」と考えるのだろうか。論理的には、そのように言わないと、前言と矛盾するけどね。
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by cogno_eb2 | 2004-04-16 17:35 | ニュースコラム

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