北の零年 DVD   

0f8b1082.jpg「北の零年」を見た。
渡辺謙のファンなので、前から見たいと思っていた映画だ。
感想は、dekajakeさんもおっしゃっているように、「ムムム」だ。

 映画の制作費はすごかったらしいし、キャストも豪華。屋外での撮影がほとんどと見えてかなり力の入った映画だという印象だ。

 よくあるのが、屋外のシーンであるにも関わらず、あきらかにスタジオで撮ったという映像。太陽の色というのはごまかせず、太陽があたった建物や人の色を屋内で再現するのは無理なのだろう。すぐにわかる。不思議なものだ。
その意味ではこの映画の映像の美しさには満足させられる。
問題はストーリーか。

 渡辺謙のファンということもあって、序盤は満足。淡路の藩士が稚内に移って自分たちの国を作るのだ、とひたむきに働く。第二陣を乗せた船が難破し、藩士の家族が亡くなったという悲報。渡辺が演じる藩士小松原が、悲報を伝える文の末尾に主君からの伝言があったとして、何もか書かれていない白紙を読み上げ、藩士達を勇気づける。そして、春になって「殿」がようやく稚内の地を訪れ、新政府からの約束が反古にされたと伝えさっさと帰ってしまう。藩士達は「主君などいらぬ」とマゲを切り、土地に残ると決意する。厳しい冬を迎え、ギバちゃん演じる間宮の息子が亡くなる。春になってご家老が小松原に札幌へ行くように命じ、旅立つ。

 この辺までは胸を打つストーリーで、役者達の演技も迫真だ。

 でも、この後からちょいちょい変なところが出始める。

 小松原の妻(←吉永小百合)が牧場経営に乗り出し、立派な馬を育成。農民たちも負担が減って大喜び。

 でもさ、なんで競走馬みたいな足が細くて毛並みのいい馬なんだろう・・・。あの当時だとサラブレッドではなくて、農耕馬(=どさんこ)ではないかと強く思う次第で。

 それから、薬売りが役人の地位を買い取って村を牛耳るわけだが、小松原の妻が役所に呼び出されて行ってみると元藩士の男どもがみんな役所で働いている。あの「ご家老」もだ。小松原の妻は役所に行くまで知らなくて、そこで知ったようなカメラワークだったが、狭い村のこと。もともと農耕地をつくっていたところから離れたところに牧場を構えたとしても、噂でそのくらいは伝わるのでは?

 役所の前に馬をつなぐところがあるが、そこに間宮が落ちぶれた格好で馬の世話人をしている。それとはす向かいの役所には、薬売りに身を売った間宮の元妻が西洋風の裕福な格好をしてダンナに会いに来る・・・。元サムライなら、身を売った妻をぶった斬るか、自分が腹を斬ったのではないか?時代が変わったとはいえ、倫理観が崩壊するほど劇的な都会ではあるまいに。事実、身を売ったと知ったときに、鬼の形相で刀を振りかざしていた。間宮はなぜ没落した醜態を役所の前にさらけ出すことを恥の極みとしなかったのだろう・・・。

 それから(まだあるのかよ)、イナゴの大群が押し寄せたとき、ハシリカ(豊川悦司)が火をもって退治しようとするが、しばらくしてイナゴがいなくなる。あの程度の火では無理かと・・。そして、食うものを食い尽くして場所を移したのなら、無惨な荒野になっているはず・・。

 そんでもって、行方不明になっていた小松原が名前を変えて、札幌の上級役人となって命令書をもってやってくる。病気をして命を助けてくれた人との間に子どもができ、札幌で暮らしているらしい。・・・ん?そんな簡単に?命の恩人だといっても武士の倫理観はどこへ?

 まだある。小松原が軍馬の徴用にきたといって牧場に現れるが、それを阻止しようとして「ご家老」や間宮たちがスキやクワをもって立ちはだかる。それはいいんだが、みんな農民の格好に戻っているんだよね・・・。着替えてきた?わざわざ?それにあの間宮の妻だってあんなにきれいなドレス(といっても1着しかなかったのかな?同じの着てたけど)を着てたのに、農民の格好になってる。これまでの浮かれた自分を捨ててっていう意味を込めたのだろうけど、みんながみんな着替えてくるってのはどうなんでしょ。徴用阻止に駆けつけたという演出のほうがよかったんじゃないかな。それに、落ちぶれたドランカー間宮がこざっぱりとしててさらにりりしくなってるし、なんといっても間宮の妻が間宮のもとに戻っているのは、小役人の薬売りが破滅したから戻ったのか?ゲンキンだな・・、と思わせる。

 忘れてた・・。話は戻るけど、「殿」が新政府との約束を反古にされたことを伝えに、淡路からわざわざ稚内にはやってこないだろ。

 ということで、中盤から終盤にかけて、ヘンだな、と思うことが多かった。設定がちょっと厳しい評価になるかな。
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by cogno_eb2 | 2005-12-20 12:08 | 映画&DVD

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