「The Color of Money」(邦名「ハスラー2」)   

3514f98a.jpg 風邪をひいてしまいました。仕事も休んでしまいました。貴重な有給休暇を風邪で使うというのはもっとも避けたいところですが、仕方ありません。

 家で静養ということで、たまっていた映画を見ることにしました。

 ポール・ニューマン、トム・クルーズの「The Color of Money」(邦名「ハスラー2」)です。
 なぜこれか、というと、嫁と一緒ではなく一人で見るので、嫁が見なさそうなやつ、ということで。

 皆さんご存じでしょうが、ハスラーとは「いかさま師」のことで、決してビリヤードのうまい人のことではありません。

 なにがどういかさま師なのかというと、弱いふりをして掛け金をUPして対戦し、最後は勝って大金をモノにしようということで、プールホール、プールバーの客の腕前を見抜き、どうやったらカモれるかに全てを注ぐ人種、というわけ。

 ビリヤードやっている人に「ハスラーですね」などと間違っても言っちゃいけない。「あんたいかさま師だろ?」って言っているのと同じなのだから。

 映画「ハスラー」でその名をとどろかせたエディ(←ポール・ニューマン)ももはや現役を引退した老紳士。密造酒を売りさばいて生きる、相変わらずの裏家業の人生だ。そんなエディが天才的なキューさばきをするビンセント(←トム・クルーズ)を見つけ、エディは彼をマネージメントして大もうけしようと企む。

 ところがこのビンセントはただただ相手を負かすことしか考えない。エディはハスラーとしての「いろは」を教え込むが、負けて相手を乗せて、という作戦ができずに、ホール最強の敵に勝ち、恐れをなした5000$のカモに逃げられて、わずか150$の「アガリ」と勝利に酔う。

 エディは何度言ってもハスラーの「いろは」を実行しないビンセントを突き放し、引退した自分の腕を試したくなる。

 だがしかし、視力や体力の衰えには逆らえず、しなびたプールホールでハスラーにカモられる。執拗に「お前はハスラーだな?」と相手に聞くエディ。振り返ってみれば「なんてこったい、俺はツイてるぜ」とか、「9が偶然入っちまったよ」と再戦を繰り返す手口に気がつかず、カモられたことを悟り、「あんな奴にカモられたんだ」とショックを受ける。

 エディは再起を誓い、お荷物になってしまったビンセントを突き放し、自分でやってけと分かれを告げる。そして9ボールクラシックに出場するエディ。トーナメント準々決勝でエディ対ビンセントの宿命のカードとなり、死闘を繰り広げる二人・・・。

 とまあこういった内容だが(9割近く書いてしまった・・)、映画「ハスラー」のエグい描き方とは違って結構スマートになっているな、という印象を受けた。

 一部評論家は玉の動きを追った映像に拍手を送っているようだが、プレイヤーの私としてはちょっと物足りない、というか、カメラワークがビリヤードの素人だな、という印象。

 ゲームの映像は「ブレイクショット」と「穴前ゲットのショット」、そして「トリックショット」だ。ゲーム開始前のバンキングですらその結果を映していない(まあ、ポール・ニューマンが本当にブレイク権を僅差で獲るまでやってちゃ時間かかるからね)。

 ブレイクに関しては二人とも結構練習したようだ。キューのしなり具合とかがパワーがあっていい感じだ。ただ、どちらも長クッションを使わないブレイクなので、さすがにそこまでは練習できなかったか。長クッションからのブレイクは理論的に1番がサイドに入りやすいんですがね。

 それから、プレイ中の玉の配置はだいたいが7番穴前ストップショットでその次8番をこれまたストップショットで落とし、最後に9番という配置。一部8番から引きヒネリで9番にネクストをとるシーンがあったりするが、配置的には撞点右上の押しで対処するほうが正解に思えたりする。偶然引きが入ったか?という感じ(笑)。

 カメラワークの多くはトリックショット。そこに行けば必ずその動きをする、という配置でそこに手玉をもっていっただけ。ぶっちゃけ、誰にでもできる。映像的には華やかだが、実際の試合でそのような配置になることはまれだ。

 そして、プレイヤーの技術を感じるところはそのような華やかさにではなく、だしづらいところにいとも簡単にネクストをとってしまうところにあるし、ビリヤードの楽しさは、そのネクストポジションの取り方を覚えていくところにあるのだ。

 というわけで、「天才的なキューさばき」のビンセントは、実は映画の序盤にあったシーンで、キューをバトンやヌンチャクみたいに振り回す「キューさばき」しか映像として実現されていない、という大いなるオチにたどり着くのだ。実際、エディもビンセントも、撞いたあとにブリッジがゆるみ、画面向かって右にキュー先が流れる「コジリ」の現象がある。俳優さんだけに仕方のないところだが・・・。

 まあ、そんなところで、映画の総評としては(ここまでが長かった・・)、ビリヤードの映像美というか、テクニックの映像化にはほど遠いところが難点。まあ、そこは俳優さんだから差し引いたとすれば、ストーリー的に人間関係の部分や内面の描写に力が入ってほしいところだが(ビリヤードは心理戦なので)、その部分も見られなかった。例えば、ブレイク後の配置を見て「6・7のトラブル処理が鍵だ」となれば、相手がトラブル処理をどの時点で入れてくるか、そして成功するか、ハスラーならそこで「下手」に見せる技術と駆け引き、といった細かい描写がほしかったなぁ。

 ビンセントがエディに負けた最後のゲームは実は八百長だったことが最後にビンセントの口から暴露されるが、それが全部ビンセントのセリフとして表現されているんですな。これこそ映像化してほしかった。なにせ、かつての大いかさま師がまんまとだまされたシーンなのだから。

 パート1(と呼んでもいいのだろうか、映画「ハスラー」のことね)ではゲームよりも主人公エディの生き様とその心理描写が巧みだっただけに(最後は暗~い気分で終わったけどね)、どちらも中途半端でちょっと残念かな。
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by cogno_eb2 | 2005-12-19 12:09 | 映画&DVD

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