国会が空転。 そんなこと望んでないのに・・   

 民主・社民が国会審議全面拒否へ、正常化見通し立たず

 年金法案で戦術を誤った民主党は、残りの審議を前面拒否作戦に出た。

 こんなことやってくれって頼んでないんですけど。最初から、審議をちゃんとやってくれって言ってんですけど。なんか国会議員の感覚と距離を感じるなぁ。

 こんな、国会の動きと国民の意識のズレについて問題を投げかけたミズタマのチチさんに私の考えを書こうと思う。 

 国会議員が有権者の代表である、というのは、理念型にすぎない。それはみんなわかっている。

 たとえば小選挙区で当選した人。投票率が50%だったとして、そのうち得票率が40%で見事当選した場合、この人は全有権者の20%の支持を受けた代表ということになる。

 形式的には、投票に行かなかった人は選挙結果に白紙委任だから、70%の支持になるともいえるが、実質的な支持はわずか20%しかとりつけていない人が当該選挙区の代表者となる・・。

 投票所に足を運び、この候補者に投票をしなかった60%の人は、当選した候補者の議会活動の応援や監視にまわるかといえば、決してそうではないだろう。また、投票所に足を運ばなかった全有権者の50%の人は、彼のその後の議会活動に興味・関心などあるはずがない。

 国会議員が有権者の代表である、というのは、やはり理念型にすぎないのである。

 だいいち、候補者に会ったことのある人間など、どれほどいるのだろうか。議会活動が始まって、議員に会って何らかの要求ができる機会など、どれほど存在しているだろうか。

 ミズタマのチチさんが言うように、議員や政党に対して物申せるのは圧力団体なのであって、個人ではない。市政ならともかく、国政で国民の声を拾い上げられているか?

 今後、国民の関心が高まり、国会議員と有権者の距離が縮まったとしても、先の年金国会のように、有権者が期待しない議論(→未納問題)や期待しない議会活動(牛歩で「理解してもらえた」と誤認識)があったのでは、市民が自分の時間を大幅に割いて、立法府に対するムーブメントを起こしても、効果はどれほどあるのか懐疑的にすらなるところだ。

 法案がどこで作成されているかに目を転じてみれば、それは紛れもなく省庁だ。たとえば今国会(第159回国会)で提出された法案のうち、衆議院議員が提出した法案は全部で49。そのうち、「一部改正」の法案は29。これに対して内閣が提出した法案は127。議員立法は明らかに少ないのが現状だ。

 官僚というとダークなイメージが付きまとうが、役割分担をして、我々市民が課題としてなかなか気がつかない案件を、毎日毎日ケアしていることは事実だ。某省に勤める私の友人は、入省してすぐ法案作成の実務で訓練を受けたという。良くも悪くも、日本社会の骨格である法律を作成しているのは、まぎれもなく各省庁である。

 私はいつからか、議員に対する要求よりもむしろ、実際に法律を作っているセクションに働きかけることが有効だと思うようになった。日本においてもパブリックコメント制度がスタートしたが、年金改革についても意見募集が行われている。

 2002年12月20日 年金改革に関するご意見の募集について

 2002年から意見募集が行われていたなんて、私も今回はじめて知った。よって偉そうなことは、もちろん言う資格がないのだけれども、やはり我々市民は、アンテナを磨いて、これらの情報をキャッチして、確かな反応を示していかなければならないのだと思う。

 ここで「確かな反応」といったのは、市民が自分の範疇の域を出ないコメントを寄せても、すべて跳ね返される、ということだ。一例としてこれを見てみると分かりやすい。

 「いわゆるマジックマッシュルームを麻薬原料植物として指定する件」に対して寄せられたご意見等について

 例が最適だったかどうかは自信がないが、さまざまな意見についてすべて切り返されている模様が分かる。「そのくらいのことはちゃんと考えているサ」という余裕の切り替えしか。法案を作るくらいだから、個人の範疇の域を出ることができなければ、官僚の壁に跳ね返されるだろう。

 その意味で、業界団体などの圧力団体のほうが、実効性のある突っ込みを放っているという点で法案を作る側も身が引き締まるのではないだろうか。

 そこで私が提案したいのは、市民がボランタリーアソシエーションを組織して、知識や情報を補完しあい、議員や省庁に突っ込みをいれていく、という方法だ。

 参加者は具体的な支援者(対議員や政党)であることを排除しないが、どの政党や議員の提案であっても、まずはその提案を客観的に認識し、分析できることを資格としたい。もちろん、業界やある分野の利益を代弁することも可能であるが、偏りは一切認められない。

 そういう集団をブログなどのツールで形成することができれば、なかなか面白いムーブメントを起こすことができるのではないだろうか。

 もちろん、木村剛さんのような専門家に、我々市民がつながっていって、そのような勢力になっていくという方法もある。専門家がいないと「2ちゃん化」して終わりなので。

 役人は議員に弱い。私が考えるそのような集団が、社会的な影響力をもてば、議員を使って役人に突っ込みをいれることもできるだろう。

 なんだかんだと書いてきたが、とにかく、市民が市民の手で一大ムーブメントを起こしていける時代に入ったような、そんな期待感を持っている。
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by cogno_eb2 | 2004-06-07 16:22 | ニュースコラム

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