早くも山本監督の去就話が・・。   


アテネ五輪イタリア戦後 男子代表山本監督会見
協会としこりも…山本監督五輪後“辞職”(サンケイスポーツ)
最後の1カ月、歯車狂う=山本監督に誤算響く〔五輪・サッカー〕

 山本監督の周辺が一転してざわつき始めた。日本サッカー協会とは3月まで契約が残っているものの、五輪での結果でいくと引責辞任という空気が流れているという。
 
 なでしこジャパンが歴史的1勝をあげたあと、キャプテンは「ゆくゆくは男子のチームを率いてほしい」と話し、一部メディアではジーコ後のA代表監督の可能性を報じていたが、私は今回の結果があってもなお、山本監督を「A代表の監督に」という気持ちは変わらない。今回の結果のみである種の烙印を押すのは拙速すぎると思う。
 
 ただ、このあたりの議論は、意見が分かれるところだと思う。山本監督の手法というか手腕に対して疑問をもつbloggerも多くいるようだし、このあたりについては意見交換したいと思っている。

 まずは、2試合で7失点という、これまでに無かった結果がどういう原因でおこってしまったのかの分析が必要だ。その情報が足りない。山本監督のインタビューや報道によれば、監督自身、もっと言いたいことがあるようだし、現場でなにがおきたのか、現時点では情報があまりにも不足している。もっとも、最終戦のガーナ戦が残っており、その意味ではまだ大会途中なのだから、去就問題そのものが早すぎる話題なのかもしれないが。

 さて、五輪予選を振り返って見て、山本監督の手腕は確かだったように思う。明らかに五輪本番のチームとは別の印象を受けるようなチームを作ってきていた。準備についても、世界ユース組との融合、トゥーリオの加入による変化、徹底した競争原理・・・。五輪予選では本当にチームが一つになって、メンタル面でもタフになって五輪出場を勝ち取ったと思う。

 これは、マイアミの奇跡を演出した当時のチーム状況とは大きく変わっている。当時は西野監督。主力選手には前園や中田英、川口らがいた。五輪が終わったあとの特集番組で西野監督とチームとの間に埋められない確執が存在していたことを知り、なんというか残念に思った。その次がトルシェ監督率いるU-23。この時は監督云々というよりは、チームを構成する選手たちの力がもともと高く、現在海外でプレーしている選手たちがチームの構成員だ。

 今回のチームはどうか。残念ながら「谷間の世代」という不名誉な形容詞をもらってしまったU-23代表候補者を、山本監督の徹底した競争原理によってたくましく育てたことは、紛れもない事実だろう。西野時代もトルシェ時代もタレントには恵まれていたが、予選リーグ敗退、準々決勝敗退、という結果だった。選手の力量からすれば、どちらの大会ももう一つ上へは行けたのではないかと今でも思っている。一方で今大会の山本ジャパンはどうだったか。

 もし、アジアカップがなければ、まず間違いなくA代表の選手をOA枠で確実に3人入れることができただろう。また、A代表の主力選手にケガ人が続出したこともあげておかなくてはならない。稲本・久保・高原・楢崎の故障はやはり痛かった。OA枠でディフェンス面の強化が必要であればGKに楢崎を、DFには宮本を、ボランチでは稲本・小野、そしてFWでは高原・久保といった、優秀なA代表の選手を選択することができたはずだ。

 稲本・久保のケガは仕方がないとしても、A代表が過酷なアジアカップを闘っていることが、選択肢を狭めてしまったことは否めない。また、高原が候補としてエントリーしたにも関わらずドクターストップで出場できなかった一連のゴタゴタも、惜しまれる出来事だった。ドイツの医者の見立てでは出場可能であるとのことで、ドイツで試合に出ているという皮肉な結果もある。ダメならダメで、他のOAの候補者をエントリーさせるという手は無かったのか・・。

 今回の結果は、実際にドイツ合宿やギリシャ入りしてから何があったのか、ということももちろん知りたいが、日本を発つまでに何があったのかも大変重要になってくる。

 山本監督のインタビューや関連記事からすれば、「日本サッカー協会から全面的な支援をもらえなかった」という空気が伝わってくるが、山本監督一人に責任をかぶせて終わり、ということだけにはしてほしくない。
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by cogno_eb2 | 2004-08-17 15:38 | サッカー

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