事業仕分け   

 事業仕分けそのものはやるべきだと思う。官僚が官僚の頭で必要だと位置づけたものが、国民の側からして本当に必要なのかどうかを検証する過程は、やはりあっていいはずだ。国民の信託を受けていない官僚が事業を作ってカネを使い、政治家は首相レースやら大臣のイスやらしか頭にないのは、やはり健全ではないのだ。

 かといって、これまた国民の信託を受けていない外部有識者とやらが、すでに庶民の暮らしから離れているにも関わらず専門外についても口を出し、有権者に対する説明責任を負わないというのは、これまた健全とは言えないのではないか。

 政治家が専門性を帯びて、こうした作業をきっちりやり、削ったり廃止したことによる影響を被る有権者に説明責任を果たす、という理想像に近づけていただきたい。あれだけ民主党に期待してたくさんの新入り1年坊主を誕生させながら、「1年坊主はまだ使えないから4年後に当選することだけを考えろ」では、せっかくその1年坊主を代表として認定した地域の有権者は、意見を届けるすべを失うというものだ。

 それからもう一つ。無駄削減はどんどんしてもらいたい。官僚の意思決定過程に国民は実質的に入り込めないし、アフォな感覚で無駄を繰り返している体質はいっこうに変わらなそうだから。でも、無駄の削減は、本来は減税に直結しなければならないのではないか?無駄を省いて必要な事業だけにスリム化すれば、その事業への国民負担は、原理的には連動して軽減するはず。ところが、無駄を省いて無駄なマニフェストを実行しようとしている。所得制限なしの子ども手当バラマキ、同じく高校手当(授業料無料化)、農家への投票のお礼(?)。こういった、未成熟な野党時代の政策は、ここで一度立ち止まってよく考えたらいかがか。

 もちろん、危機的な経済状況からすれば、減税に至るとは考えにくいが、その分、赤字国債は抑制されるはず。なのに、巨額の赤字国債の発行を前提としている。財布が小さければ事業は小さくするという当たり前のことをちゃんとやってほしいものだ。
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by cogno_eb2 | 2009-11-27 23:57 | ニュースコラム

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