失跡44年、拉致の疑い…母の遺志継ぎ兄捜す妹   

失跡44年、拉致の疑い…母の遺志継ぎ兄捜す妹(読売新聞)

 私は北陸出身で、私が幼少のころに私の生活圏内で拉致未遂事件がおきていた。それを知ったのはごく最近のことだが、以来私は拉致事件関連のニュースを見ると人ごととは思えず、激しい憤りを感じる。

 北朝鮮が拉致事件を認め、マンギョンボン号が工作船の役割を担っていた疑いが強くなっても、依然として人道船を装って入港していることに、拉致被害の当事者でなくとも大いに疑問に感じたことだろう。

 この一年で政府がとった対応といえば、PSCの徹底があった。しかしPSCの徹底は決定打とならず、我々が過剰な期待を寄せていたことを気づかされた。これは、北に対して当然行っていなくてはならないことを今になってようやく実施するに至った程度の意義として捉えることになろう。朝銀の問題や北関連団体への課税の問題などを鑑みると、日本国家として当然実施しておくべきことが野放しになっていることがまだまだあるのではないか。

参考に、この本を読んでみると良い。

 そして独自の経済制裁を可能とする法案が成立した。外為法改正である。
 
 外為法改正に反対する勢力は、外為法改正=即経済制裁と考えがちで、経済制裁の是非を論じていながら法改正に反対している。この視点には外為法改正が外交カードであるという視点が抜けている。経済制裁をすることを国会で決めたわけではない。

 したがって「日本単独の経済制裁には意味が無い」「経済制裁では独裁者はびくともしない」「一般市民を犠牲にする」という、経済制裁そのものの有効性を論ずることと、法改正による外交カードの整備とは議論を分けるべきだ。

 それは、これまであってしかるべき外交カードすら持ち合わせていなかったという事実に立脚すれば、法整備として当然の処置だったと私は考える。もちろん、発動するか否かの判断の際には、有効性を詳細に分析しなくてはならないことは、言うまでも無い。

 一方で、拉致被害の当事者の気持ちに立てば、それが問題の進展に有効な手段であるなら「今すぐにでも発動してほしい」という気持ちは痛いほどわかる。6カ国協議では弱腰外交を強いられ、二国間協議は進展が無く、拉致という犯罪を犯した国家が自国民を自ら飢えさせながら問題解決との引き換えに経済援助を要求する・・。

 さきの読売新聞の記事などを読むと、私も胸がつまるが、世論が冷静にならなくては問題を見誤る気がする。それには、我々が情報の断片に一喜一憂することなく、冷静に、視野を広く、情報を横断的に集めて考えていくことが必要だと思う。
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by cogno_eb2 | 2004-03-23 20:33 | ニュースコラム

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