2009年 08月 05日 ( 3 )   

民主党マニフェスト:高校無料化にもの申す   

民主党の現金給付はなぜ「一律」なのか。

高校の授業料無料化は、確か、生活保護の母子加算廃止を例にあげ、「学校に行きたくても行けない人がいる」から、そこに光をあてるんだと、友愛精神で語っていた記憶があります。

であるなら、そうした子どもたちを対象とした制度にすればいいのでは?なぜ一律12万(私立24万)の現金支給なのか。

民主党って社会民主主義政党でしたっけ?

親がしっかりしていない家庭に現金給付すると、飲み代やらパチンコに使ってしまうのでは?といった不安は、まあそれもありますが、それより、教育格差が広がると思いますが、どうでしょ?

現在、授業料は払えている家庭に現金をあげるとどうなるか。「これで塾に行かせられる!」といって塾代に回る。あるいは、もらったカネを貯めておいて、子どもが地元の国立ではなくて都会の私立大を望んだら願いを叶えてあげられる・・・。足りている家庭に配れば、教育環境のステップアップに回るのは必至でしょう。

授業料を払うのがギリギリの家庭はそのまま授業料へ、足りているところは塾やらなんやら、現状より上を志向する。格差を拡大するとはいいませんが、固定化させることにはつながると思いますね。

なぜ、一律なんでしょう・・・・。

所得制限を設ける、という発想ではなく、政治の手をさしのべるべき世帯に確実に行き渡る政策を考えるべきだと思います。

政権交代のため、共感を得る多くの票が必要だからなんでしょうが、それこそバラマキですよ。かつて定額給付金のときに、カネで票を買うのかなどと批判していた記憶がありますが、同じ事やってますな。
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by cogno_eb2 | 2009-08-05 23:10 | マニフェスト

民主党マニフェスト:年金改革にもの申す(4)   

積み立て方式というのは、「年金」の名を冠する以上、不可能だと考えられているらしいです。年金制度の研究者の間では、賦課方式の制度が常識なんだそうです。

確かに、自分が月々積み立てた金額をいくら運用しても、老後の何ヶ月分の生活費になるか、しれたものかもしれません。

でも、現行制度の賦課方式であっても、給付金の国庫負担割合を高めていかないと制度が持たないということなので、結局、払い込まれた掛金と税金を原資としているので、完全なる世代間扶養ですら実現していないわけですね。

ということになると、積み立て方式であろうと賦課方式であろうと、純粋に掛金だけでは給付総額に足りないことは変わりないということです。積み立て方式でも、結局は税金を入れないとダメなのでしょう。どちらの方式でも、結局年金の原資で給付額をまかないきれないのが共通ということになると、その違いは計算方法、ということになります。

賦課方式では、給付水準は人口推計を中心に考えるので、今後、現役世代の負担増&給付額の抑制というダブルパンチが続きます。一方の積み立て方式は、掛金の運用なので、人口構成の影響は受けませんが、将来の給付は保証されてはいない。

積み立て方式のリスクは、将来の給付が保証されていない事に加え、あと3つほどあります。純粋な掛金の運用では、制度当初の運用原資が少なすぎて利益を出しにくいということと、日本版401Kの運用失敗の例もあるように、投資を失敗すると元本割れする、さらには、運用結果が老後の生活費としては十分でない場合が生じるということ。

この問題を解決するために、「見なし掛金」制というのがあり、「スウェーデン方式」と呼ばれ、有名です。

簡単に言えば、運用利回りをその時々の経済水準で算出し、自分が拠出した掛金がその利回りで運用された、という記録をつける、というもの。従って、将来もらえる金額が補償されているものではありません。拠出建てですから、いくら払ったから、いくらもらえる権利がある、ということ。

「見なし」というのは、その記録を残していきながら、実際に掛金として納付されたお金が100%運用に回るわけではないということです。ですから、「運用に失敗したのでおたくは赤字です」ということは避けられる。「見なし」のメリットですね。

今の制度は、「いくらもらえますよ」という約束を最初にしてしまうので、「掛金を積まなければもらえる資格はないよ」という話になりますが、拠出建てになると発想が逆になります。25年で権利取得、ということではなく、払った分は老後にもらえる、ということなので、払わないと自己責任、ということです。

民主党の案も、基本的にはこの方式をとっているため、年金手帳を配ります、という公約になっているんですね。

ここまでお読みいただければお分かりかと思いますが、払う側からすれば、個人勘定をつくって拠出建てにしたほうが、明快なシステムになりそうだ、ということです。

ただ、掛金の設定はどのようにするか、という問題があります。給付建ては将来もらえる金額を保証するものなので、そこから逆算すればいいのですが、拠出建てで老後の受給額の水準を満たそうとする場合、掛金は所得に対してどのくらいの割合になるのか。

民主党は所得比例年金という言い方もしていたようですが、はたして所得の何%を掛金とするのか。その計算方法はどういったものか、さらに、その見直しはどういうタイミングで行うのか・・・。
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by cogno_eb2 | 2009-08-05 23:08 | 年金問題考

民主党マニフェスト:年金改革にもの申す(3)   

年金制度は、世代間扶養の賦課方式をとる限り、人口のバランスが崩れた場合に破綻します。簡単な話です。

長寿社会・高齢化になって、現役世代(働いている人)の人口が減る、加えて、不況による減収から未納が増える。

賦課方式は現役世代が稼いだカネの一部を集めて、年金受給者に配るわけですから、財布に入ってくる原資が少なくなれば、年金生活者に配るカネが減るわけです。

でも、法律で、年金額を補償しているから、「今年はアガリが少ないのでワケマエは減ります」とは言えないわけです。その分を国庫(税金)で補填して、法律で約束したカネを配るわけです。

この賦課方式・給付建ての制度を取る限り、長寿社会と人口減少に対応するには、現役世代の掛金を上げて、年金額を下げるしかない。

そうすると、今必死で働いている人たちが老後を迎える頃に、果たしていくらもらえるのだろうか、という不安が生じます。今もらっている人よりたくさん収めているのに、今もらっている人よりも自分たちのもらえる額のほうが少ない。不公平じゃないか。だったら年金なんかアテにせずに、自分で株でもやって自己防衛しようか、という発想は充分出てくるでしょうね。

事実、年金制度がスタートしたばかりのころは、「少ない掛金で大きな補償」的なありがたい制度だったのです。でも、今の人口構造では、このようなオイシイ話はありえないのが現状でしょう。

では、どうするか。

まずは給付建てをやめる。つまり、「将来これだけもらえますよ」という出口の約束をやめる。出口が決まっているから、原資が足りなくなって掛金つまり入口を大きくしなくてはならなくなる。出口を約束すると、入口の金額設定の際に、将来人口の推計で決定せざるを得ないので、推計が下方修正されるなら、その度に金額設定を変えて行かなくてはならなくなる。推計を根拠に決定するというキワドさが残ってしまうんですね。

だから、拠出建てにする。その人がいくら払って、それを運用したらいくらになったから、あなたの場合はいくらもらえますよ、ということ。単純明快。民間の保険商品は当然のことながらこういうスタイルですよね。

拠出建てにすると未納はなくなる。というか、未納でも問題はなくなる。未納、すなわち運用原資が無いか増えないということだから、数年払ってあとは未納、という人は、その少ない原資の運用結果を将来もらうということで、もらえる額が少なくてあたりまえ。制度加入が強制なら、払わないと損、ということで、ま、自己責任ですな。

給付建てを拠出建てに変えるのと同時に、賦課方式も綺麗さっぱりやめてしまう。拠出建てで自分が払った原資を運用するのだから、それが運用されずに年金受給者の支払いに充てられたのでは、増やしようがないでしょ?だから、世代間扶養の賦課方式はやめて、積み立て方式にする。

積み立て方式・拠出建てにするというのが、払っている人間にとって明快なわけです。だから、銀行に口座を持つように、年金の個人勘定をそれぞれが持って、いくら払ったのか。それがいくらに増えたのかが分かるようにする。個人勘定だから、それがマッサージチェアに化けることはありえない。それは不正であり、違法で、損害賠償請求訴訟モノである。

ね?明快でしょ?

でも、まあ、それは理想であって現実的でない側面もいろいろとあるんですね。次回は、理想と現実のギャップをどう埋めるかについて、考えていきます。
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by cogno_eb2 | 2009-08-05 23:07 | 年金問題考