カテゴリ:年金問題考( 38 )   

年金制度改革に注目せよ   

 民主党が大勝し、いよいよ年金制度改革が動き出すときがきた。

 私としては、民主の新制度案には不安を覚えるものの、賦課方式を貫こうとする現行制度には反対なので、改革の動きが始まることについては歓迎だ。

 しかしながら、現在示されている民主案については、負担の一元化については明確に反対だと言っておこう。

 社会民主主義を柱としている民主党の政策でお得意の「みんな一緒」という「友愛ポリシー」を年金制度にまで入れようとしているが、なぜ負担の一元化なのかがまったく理解できない。

 結論から言うと、「自分が払った分+運用利回り分が老後に戻ってくる」というスウェーデンのような「見なし掛金制度」を創設するのなら、自分がいくら払ったか、払った分以上にもらえる仕組みなのかという、負担と受給の関係を明確化すればそれで終わりのはず。

 それを、なぜ、負担割合を全員一緒にしなければならないのか。全員一緒にすることが平等なのか。

 実は、全員一緒にすることは平等ではない。それは現在の年金の負担割合が、それぞれ異なっているからだ。どこかに合わせるとなると、それよりも低い料率だったら即負担増につながる。制度導入の月から手取り収入は減るのだ。

 最も低い国民年金を、現在の厚生年金の負担率までUPさせるのか。厚生年金はご存じのとおり、雇い主負担と労働者負担の二重負担だが、国民年金は純粋に自分が掛け金を掛けるだけ。厚生年金の雇い主負担をやめ、労働者負担に一本化し、さらに国民年金をその負担率と同じにするのか。

 職業別に分かれていたって、見なし掛金制なのだから、保険者番号(納税者番号)の個人勘定で自分の払った分が記録されていれば、その分かれている年金を渡り歩いたって払ったんだからその運用益を個人勘定につけておけばそれでいいはず。なぜ負担の一元化なのか。

 負担の一元化は、一番最初に痛みが伴う。その説明を民主党はしていない。国民年金の大幅な負担増を圧倒的多数の数の力でやっちゃうのか。マニフェストに書いたから支持されたという論理を発動するのか。

 詳しい制度設計まで記載せずに、フタを開けたら負担増というダマシのテクなのか。

 とにかく、年金制度改革は注視しなければならない。
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by cogno_eb2 | 2009-09-01 21:53 | 年金問題考

民主党マニフェスト:年金改革にもの申す(4)   

積み立て方式というのは、「年金」の名を冠する以上、不可能だと考えられているらしいです。年金制度の研究者の間では、賦課方式の制度が常識なんだそうです。

確かに、自分が月々積み立てた金額をいくら運用しても、老後の何ヶ月分の生活費になるか、しれたものかもしれません。

でも、現行制度の賦課方式であっても、給付金の国庫負担割合を高めていかないと制度が持たないということなので、結局、払い込まれた掛金と税金を原資としているので、完全なる世代間扶養ですら実現していないわけですね。

ということになると、積み立て方式であろうと賦課方式であろうと、純粋に掛金だけでは給付総額に足りないことは変わりないということです。積み立て方式でも、結局は税金を入れないとダメなのでしょう。どちらの方式でも、結局年金の原資で給付額をまかないきれないのが共通ということになると、その違いは計算方法、ということになります。

賦課方式では、給付水準は人口推計を中心に考えるので、今後、現役世代の負担増&給付額の抑制というダブルパンチが続きます。一方の積み立て方式は、掛金の運用なので、人口構成の影響は受けませんが、将来の給付は保証されてはいない。

積み立て方式のリスクは、将来の給付が保証されていない事に加え、あと3つほどあります。純粋な掛金の運用では、制度当初の運用原資が少なすぎて利益を出しにくいということと、日本版401Kの運用失敗の例もあるように、投資を失敗すると元本割れする、さらには、運用結果が老後の生活費としては十分でない場合が生じるということ。

この問題を解決するために、「見なし掛金」制というのがあり、「スウェーデン方式」と呼ばれ、有名です。

簡単に言えば、運用利回りをその時々の経済水準で算出し、自分が拠出した掛金がその利回りで運用された、という記録をつける、というもの。従って、将来もらえる金額が補償されているものではありません。拠出建てですから、いくら払ったから、いくらもらえる権利がある、ということ。

「見なし」というのは、その記録を残していきながら、実際に掛金として納付されたお金が100%運用に回るわけではないということです。ですから、「運用に失敗したのでおたくは赤字です」ということは避けられる。「見なし」のメリットですね。

今の制度は、「いくらもらえますよ」という約束を最初にしてしまうので、「掛金を積まなければもらえる資格はないよ」という話になりますが、拠出建てになると発想が逆になります。25年で権利取得、ということではなく、払った分は老後にもらえる、ということなので、払わないと自己責任、ということです。

民主党の案も、基本的にはこの方式をとっているため、年金手帳を配ります、という公約になっているんですね。

ここまでお読みいただければお分かりかと思いますが、払う側からすれば、個人勘定をつくって拠出建てにしたほうが、明快なシステムになりそうだ、ということです。

ただ、掛金の設定はどのようにするか、という問題があります。給付建ては将来もらえる金額を保証するものなので、そこから逆算すればいいのですが、拠出建てで老後の受給額の水準を満たそうとする場合、掛金は所得に対してどのくらいの割合になるのか。

民主党は所得比例年金という言い方もしていたようですが、はたして所得の何%を掛金とするのか。その計算方法はどういったものか、さらに、その見直しはどういうタイミングで行うのか・・・。
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by cogno_eb2 | 2009-08-05 23:08 | 年金問題考

民主党マニフェスト:年金改革にもの申す(3)   

年金制度は、世代間扶養の賦課方式をとる限り、人口のバランスが崩れた場合に破綻します。簡単な話です。

長寿社会・高齢化になって、現役世代(働いている人)の人口が減る、加えて、不況による減収から未納が増える。

賦課方式は現役世代が稼いだカネの一部を集めて、年金受給者に配るわけですから、財布に入ってくる原資が少なくなれば、年金生活者に配るカネが減るわけです。

でも、法律で、年金額を補償しているから、「今年はアガリが少ないのでワケマエは減ります」とは言えないわけです。その分を国庫(税金)で補填して、法律で約束したカネを配るわけです。

この賦課方式・給付建ての制度を取る限り、長寿社会と人口減少に対応するには、現役世代の掛金を上げて、年金額を下げるしかない。

そうすると、今必死で働いている人たちが老後を迎える頃に、果たしていくらもらえるのだろうか、という不安が生じます。今もらっている人よりたくさん収めているのに、今もらっている人よりも自分たちのもらえる額のほうが少ない。不公平じゃないか。だったら年金なんかアテにせずに、自分で株でもやって自己防衛しようか、という発想は充分出てくるでしょうね。

事実、年金制度がスタートしたばかりのころは、「少ない掛金で大きな補償」的なありがたい制度だったのです。でも、今の人口構造では、このようなオイシイ話はありえないのが現状でしょう。

では、どうするか。

まずは給付建てをやめる。つまり、「将来これだけもらえますよ」という出口の約束をやめる。出口が決まっているから、原資が足りなくなって掛金つまり入口を大きくしなくてはならなくなる。出口を約束すると、入口の金額設定の際に、将来人口の推計で決定せざるを得ないので、推計が下方修正されるなら、その度に金額設定を変えて行かなくてはならなくなる。推計を根拠に決定するというキワドさが残ってしまうんですね。

だから、拠出建てにする。その人がいくら払って、それを運用したらいくらになったから、あなたの場合はいくらもらえますよ、ということ。単純明快。民間の保険商品は当然のことながらこういうスタイルですよね。

拠出建てにすると未納はなくなる。というか、未納でも問題はなくなる。未納、すなわち運用原資が無いか増えないということだから、数年払ってあとは未納、という人は、その少ない原資の運用結果を将来もらうということで、もらえる額が少なくてあたりまえ。制度加入が強制なら、払わないと損、ということで、ま、自己責任ですな。

給付建てを拠出建てに変えるのと同時に、賦課方式も綺麗さっぱりやめてしまう。拠出建てで自分が払った原資を運用するのだから、それが運用されずに年金受給者の支払いに充てられたのでは、増やしようがないでしょ?だから、世代間扶養の賦課方式はやめて、積み立て方式にする。

積み立て方式・拠出建てにするというのが、払っている人間にとって明快なわけです。だから、銀行に口座を持つように、年金の個人勘定をそれぞれが持って、いくら払ったのか。それがいくらに増えたのかが分かるようにする。個人勘定だから、それがマッサージチェアに化けることはありえない。それは不正であり、違法で、損害賠償請求訴訟モノである。

ね?明快でしょ?

でも、まあ、それは理想であって現実的でない側面もいろいろとあるんですね。次回は、理想と現実のギャップをどう埋めるかについて、考えていきます。
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by cogno_eb2 | 2009-08-05 23:07 | 年金問題考

民主党マニフェスト:年金改革にもの申す(1)   

いつものように、マニフェストの三つの前提から確認していきます。


【前提1】現状認識とそれに基づく必要施策の明確化
 柱となっている考え方は、消えた年金問題の解決と一元化。

 実は民主党は5年ほど前から年金制度の抜本改革を主張し、その案を持ち合わせているのだが、今回の公約は与党の失点を攻撃することに特化した感がある。一元化については、低納付率にあえぐ国民年金&債務超過の厚生年金と、全員が給料天引きの国共済・地共済との不公平感をあおってますね。まあ、民主の現状認識がそうだから、必要施策が明確といえば明確に値するかなぁ・・・。持ち合わせている案が全面に出てきてほしかった。

【前提2】個々の政策について、その目的と実施方法、期限、財源などの指標の明確化
【前提3】数値目標
 時限を切っているのは、照合作業を2年間集中的に行うとあるだけで、2年間ですべてやり遂げるという目標ではなく数値目標がない。また新たな制度に関する法律をH25年に制定するとあるが、流用禁止法などその他の項目は実施時期や時限を切っていない。不十分と言わざるを得ない。


当ブログで再三指摘してきたように、年金給付の原資が流用されてしまうのは、法律の中にわずか数条ある文言を根拠とされてきたからだ。あれだけ流用が問題になっていたにもかかわらず、その条文の改正を行ってこなかったのは、そこまで力が入ってないからだろう。でも、「政権をとったらやります」というのはどうなんでしょうねぇ。議員提案で修正法案を出せなかった理由が知りたいですねぇ。今回のマニフェストでも、いつまでに流用を禁止する法律を作るかは書いてありませんねぇ。

ここから、長い話になるのですが、民主党が持ち合わせている新制度案を検討しないと、このマニフェストだけでは判断できない大きな問題があるのです。その案を伏せたまま、有権者受けするように小出しにしている印象があるので、過去に年金問題を展開してきた当ブログとしては、新制度案を検討してみたいと思います。

ちなみに、小出しにしている、というのは、年金通帳です。これは、自分が払った分が明確に記録されるというシロモノですが、実は、新制度案の「見なし掛金」制から出てきているモノなんですね。マニフェストでは一切語られていませんし、民主党HPでも制度概要については掲載されていません。

また、一元化についてですが、新制度案は現行制度のリニューアルではなく、別個に制度を作り、その制度が職業で分かれていない単一の制度だと説明しているので、現行制度の不公平感をあおって、現行制度を一元化するのではないことに注意しないといけないんですが、そのあたりは明らかになってませんね。現行制度は過去債務の凍結をすると言っているので、これが制度スタート時の受給者で線引きするのなら、新制度加入者は受給者以外の全員なんですが、そうは言ってない。食い違っているんですよ。おそらく、党内でもまとまってないんだと思います。だからマニフェストでは制度設計を公約としたんでしょうね。

最新の情報としては、言論NPO 自民党×民主党 政策公開討論会 で民主党の枝野議員がその案について語っているので、それをもとに検討していきたいと思います。

民主党マニフェスト:年金改革にもの申す(2)につづく

高速道路無料化にもの申す
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by cogno_eb2 | 2009-07-31 20:07 | 年金問題考

民主党マニフェスト:年金改革にもの申す(2)   

民主党の年金新制度案については、民主党HPでも制度概要については掲載されていませんが、言論NPO 自民党×民主党 政策公開討論会 における枝野議員の発言をもとに考えます。

枝野発言による民主党の年金制度案(議事録からピックアップし、当ブログで取りまとめたもの)

1.高齢者よりも若者が多いことを前提に、世代間の扶養という発想で組み立てられた現在の社会保障制度は、いくら手直しをしても安定しない。世代間扶養という枠組みを取り払う必要がある。

2.世代間ではなく、全世代で賄う。支払い能力のある人が所得の少ない人に対して所得移転を行うという考え方。つまり、税方式を導入し、保険方式と税方式で組み立てる。

3.保険方式は所得比例年金、税方式は最低保障年金。

4.保険方式は、「見なし掛金」制で、現役世代に払った額と、平均寿命までにもらえる額を一致させる。

5.現行方式のから新方式への完全なる転換のための所要期間は40年。(現行制度に新たに加入になる対象者は新方式へ移行し、40年後には現行制度利用者はいなくなる)

6.新制度導入時に、現行制度における債務を切り離すが、現行制度で、法律で支給額を定めたものは支払わざるを得ないため、支給が開始されている人への支給は、過去に支払った分に対応する額の支給は行う。

7.新制度と現行制度は分離するため、現行制度で定められた支給額を寿命まで支給し続けることは、そのまま債務となる。この債務は積立金の取り崩し等で対応する。

8.新制度加入者は「見なし掛金」制なので、赤字は生じない。加えて、新制度加入者の支給は40年後のため、消費税の引き上げは不要。

9.新制度の給付水準は、現役時代の平均所得の30%。所得が少なく年金が少ない人には、現在の価値でいうと税方式で約7万円くらいを最低保障年金として給付する。

10.新制度は完全積立方式ではなく「見なし掛金」制であり、現在の基礎年金の国庫負担分を過去債務に回す。


 ちょっと専門的な議論になっていくので、分からない言葉は高山オンライン 年金用語解説を参照してください。

1について
 過去当ブログでも11回にわたって検討してきたとおり、少子高齢化が一層進行する今日にあって、世代間扶養の撤廃は最重要課題であり、この認識は私と一致している。

2について
 所得移転という考え方が妥当かどうかは分からないが、「賦課方式・給付建て(現行世代間扶養の方式)」を廃し、「積立方式・拠出建て(掛金建て)」を導入するとなると、月々の掛金の積立金を運用するのみで老後の生活資金は用意できない。したがって積立方式といえども、国が設定する最低保障額を満たすまでの差分を税で賄うことは必要となる。よって、結果としてこの認識も一致している。

3について
 名称については特に異論はない。

4について
 平均寿命までの受給額との一致は、平均寿命以前に亡くなった方の「見なし積立金」の残額を、平均寿命以上に生きている人の長寿によるリスクに移転することを意味しており、リンク先の記事中でそのように発言している。私は「見なし掛金」ではなく個人勘定の導入を主張しているため、死亡時に残額を戻して精算すべきと考える。よってこの認識は一致しない。

5~8について
 この点については制度設計が明確でなく、疑問が残る。それは、発言からすれば、新制度のスタートが22年4月と仮定して、スタート時から新制度に加入する人以外は、ずっと現行制度でいくことを差しているのか不明。例えば、10代で社会に出た若者が、新制度スタート時点で1年ほどの年金保険料を払っている場合、現行制度を脱退して新制度へ加入するほうが有利だと判断された場合でも、現行制度に入り続けなければならないのか。脱退権はないのか。

 枝野氏の発言の中に、既に法定支給額を受給しているひとの分は減らせないという趣旨の発言があるが、これはおそらく高度成長期に、「少ない掛金で大きな安心的」な受給率を約束され、給付が始まっているような人を指し、いまさら「あなたは実際には掛金が少なかったから減らします」とは言えないという趣旨だろうが、給付が始まっていない現役世代の処遇はどういうプランにあるのか。若い人ほど脱退による捨て金は少なく済み、新制度に入り直せば現行制度以上の益があるとすれば、間違いなく脱退するだろう。

 一方で、発言からすれば新制度加入は新しく対象者となる新社会人をイメージしているようなので、それからすると、受給者ではない現行制度加入者(いわゆる現役世代)は移行しないものという制度設計と思われる。

 その場合、現役世代の給付水準は「5年ごとの見直し」「マクロ経済スライド」制度の現行法のシステムで進むのか。あるいは、過去債務の確定・切り離しというのは現行法の水準で凍結するという意味なのか。それとも、新制度スタート時に65歳以上の受給者への給付を確定し(債務の確定)、その時点での積立金で、確定された受給者への給付を続けていくのか。

 その場合、64歳の人の新制度積立額はわずか1年分となるが・・・(ただ、8の発言からすると、赤字を生じないのは新制度加入者のみ、なので、現役世代は現行制度が続くと思われる)。

 ということで、5~8については、制度設計が不明なため判断できない。

9について
 これは単純に現在7万円としている、その時々の貨幣価値に換算した額に達しない者には、その差分を税で給付するということなのか?7万を超える人は保険方式の見なし運用金のみで、ということでよいか。本人も述べているとおり、水準は政治決定であろうから、そのような設計となるだろう。

10について
 完全積立ではなく見なし積立だから、保険料のすべてを運用に回すということではないそうだが、私は個人勘定を主張しているので、新制度の受給者の運用益を最大化が求められることから、過去債務に回す制度には賛成しかねる。

次回は私なりの案を示し、民主党の新制度案を評価したい。

民主党マニフェスト:年金改革にもの申す(3)につづく

高速道路無料化にもの申す
自動車関連暫定税率の廃止にもの申す
年金改革にもの申す(1)
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by cogno_eb2 | 2009-07-31 20:07 | 年金問題考

賦課方式・給付建ての年金を、積立方式・拠出建てに変えよ   

現在の年金方式は、「賦課方式・給付建て」である。

これは、世代間扶養の考え方に基づき、法律で給付額を定め、現役世代から集まったカネを給付対象者に分配する方式だ。

この方式では、少子高齢化に全く対応できない。高齢化により給付対象者が増え、現役世代(労働者)が減ると、当たり前のことだが、現役世代にもっとたくさん負担してもらわないと、ふくれあがった高齢者に、法律で決められた給付額を満額支払えない。今後ますます高齢化が進めば、負担額が上がっていくのは当然の仕組みなのだ。

ここで付記しておく必要があるのは、現役世代から集まった給付原資のみでは、給付額に満たないということで、税金が投入されているということ。つまり、年金のための隠れ負担が発生しているということ。これでは、自分の生涯賃金からいったい年金にいくら投じているのか、計算ができない。そして、高齢化が進めば法改正により給付額が減らされるわけだから、果たして自分が老後の人生に、いくら年金がもらえるのか不明であるのだ。わかっていることは、少なくとも今の水準より少なくなることだ。

今の制度では、払った分だけ(隠れ負担も含めて)回収できるのかさえ不明なのである。

だから、世代間扶養の考え方を捨て、個人勘定を導入すべきだ。簡単に言えば、自分の年金口座を作る、ということ。年金口座を作っておけば、払った分が少なければ、もらえる分は少なくて当たり前だから、年金未払いは損だということで未払いは解消されるだろうし、職業が変わっても複雑な手続きをする必要がないし、手続きの人件費も抑えられる。また、残念ながら早く亡くなったときには、払った分については全額を遺族に支払うことができるようになる(もともとその人の可処分所得から支出しているから返すべき)。いわゆる、「積立方式・拠出立て」だ。こうすれば、25年払い続けないと一切支給されない、という馬鹿なこともなくなる。

とはいえ、個人が口座に積み立てたお金(もちろん国による運用益を含む)だけでは老後のすべてをカバーできず、それは国が保障する年金制度にならない、ということもあるだろう。国が保障する最低限の生活ができる額に満たない場合は、やはり税金を投入することになるが、それは、目的税として対応することになろう。

こうすれば、高度経済成長期を生き、現在老後ライフを満喫している人(少ない掛け金でハイリターンの人たち)と、将来もらえるかどうかすら不安な現役世代といった世代間不平等は生じない。

問題はどうやって制度移行するかだが、現行制度の方が有利な世代(おそらく40代後半以降の人)と明らかに不利な若年世代とで分かれると考えられるので、不利な人には現行制度の脱退・新年金制度(積立方式・拠出建て)への加入を認め、旧制度利用者がいなくなるまで二つの制度を並行運用する。

こうすれば、年金不安を解消することができる。

詳しくはバックナンバーを参照のこと。
年金制度を考える(9)
年金制度を考える(10)
年金制度を考える(11)


ちなみに、民主党が言っている一元化論は、未納による資金難にあえぐ国民年金や厚生年金(会社の不正や倒産による未納が発生する)の救済のため、完全天引きによる潤沢な原資を誇る共済年金をひっぱろうとしているものであり、世代間扶養を前提としていることから本質的な解決策ではない。
年金制度を考える(4) ~スウェーデン方式と民主案~
年金制度を考える(5) ~一元化の是非~


ブログ意見集 by Good↑or Bad↓ 年金制度の嘘と現実、そして将来

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by cogno_eb2 | 2008-03-08 00:36 | 年金問題考

年金流用禁止法案が廃案   

年金資源を他の用途に流用することは、断じて禁止すべきだ。これは、私がかねてから年金の個人勘定制を主張すると同時に主張してきたことだ。だいたい、年金のための原資を、使いもしないハコモノや半ば社保庁職員のための遊興施設建設のために使えるようになっている制度そのものがお粗末すぎるとしか言いようがない。加えて社保庁職員による横領が発覚するなど、年金原資に対する管理がなっていなさすぎる。ザルもいいとこ大ザルだ。

だから、年金の給付以外に使えなくする年金流用禁止法案には賛成だ。先の通常国会にも提出されたそうだが、採決にすら至らなかったそうだ(民主党が審議時間を確保できる時期に提出したのかどうかはまだ調べていない)。先の通常国会で成立した年金制度改革関連法では、アルバイトの雇用や年金相談コーナーの設置費用などにあてることができるようになっているそうだが、それが成立して禁止法が廃案になるのは納得できない。

給付には原資のみでは足りないから税金を投入して給付額を確保しているのだから、納付率のアップ、運用の成功、そして原資の流用をなくせば、それだけ投入すべき税金も少なくなるというもの。流用の使い道が「相談センター」などの年金事業必要な内容であったとしても、年金不信を招いたから相談センターを作らなければならないわけで、結局は身から出たサビだ。社保庁が本来業務をきっちりやっていればやらなくてすんだ対応だ。だから、社保庁の尻拭いは年金原資ではやらない。彼らの不祥事なのだから彼らの給料を出し合ってまかなえばよいのだ。

社保庁改革法案会期末に提出したことが原因で廃案となったのであれば、民主党のパフォーマンスにすぎない、となるだろうが、秋の臨時国会でも提出すると言っているので、どうなるか見守りたい。民主党は本当に禁止法を審議したいのなら、審議時間が確保できるタイミングで提出すべきだ。ぎりぎりで提出して廃案、というのを何度繰り返しても、単なるパフォーマンスでしかないから。
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by cogno_eb2 | 2007-08-10 21:17 | 年金問題考

現在の年金制度は抜本的に改革しなければならない。   

●年金脱退権を認めよ

 改革の1点目に、25年払込の受給資格の問題がある。この25年という数字にどのような根拠があるのか知らないが、25年という年月を必須とすることは、転職をするにも一定の制限を課していることに相違ない。

 例えば、23歳で就職した場合、これがサラリーマンであれば厚生年金であるが、25年後の48歳になるまで、厚生年金以外の職種に転職できないに等しい。公務員共済や私大共済などの、異なる年金体制にある職種には就けないということだ。25年に1月足りなくても、年金は支給されない。47歳で転職し、その後25年働くとなると72歳。とうに定年を迎え、転職した先の年金でも25年に満たないのである。

 自営業や個人事業主になった場合は国民年金となるが、サラリーマンに見切りをつけ、あるいは技術を磨き、自分の手でスタートを切った人には、それまで払っていた厚生年金は、全くの捨て金ということになる。厚生年金に払うことで、基礎年金1階部分の国民年金へも払っていた扱いになっているそうだが、それでも2階部分はすべて捨て金ということだ。1階部分の国民年金のみで果たして老後は暮らしていけるのか。個人事業主もしくはベンチャーを立ち上げて年金を必要としないくらい稼いでしまうヒルズ族にでもならない限り、そのくらいの成功を収める保証がない限り、会社を飛び出して自分の腕で生きていく、というのはあまりにハイリスクだ。

 また、一度決意して飛び出したはいいが、失敗してどこかの会社に潜り込む、となると、25年の厚生年金をあてにするには、40歳までに出戻ってこなければならない(定年65の会社の場合)。39歳そこらの就職活動はかなりきついだろうが、そこが限界だ。さもなくば、完全緊縮財政をひいて、給料のみで老後の資金も計算しておかなければならない。

 ということで、受給資格に25年継続支払、という条件が設定されていることは、おそらく終身雇用制の時代の遺物だと思われる。これは現代社会においてはマッチしておらず改善すべきである。

 25年の設定を廃するか、年齢的に、明らかに25年勤められないことが明白な人には、年金からの脱退権を認めるべきである。支払われないものに金を掛けてどうする。無駄金を承知で給料から天引きされる馬鹿馬鹿しさはない。その金をこつこつ貯めて、あるいは運用に回して自衛する道を開くべきである。

 これを解消するには、確かに一元化、という方策が考えられる。

 しかし、一元化のみでは抜本的改革にならない。それは次以降の点で理解されるはずだ。

●亡くなったときに最低でも支払った分は返還せよ。
 
 25年の支払いを終え、第2の人生をどう歩むかという年齢に達したとき、年金の受給開始年齢を選択し、自分のライフプランを考えるだろう。私の記憶によれば、たしか、65歳受給開始がスタンダードで、それよりも早いスタートを選択した場合、受給額が減らされる制度になったはずだ。

 60歳の時点でまだ働こうと思い、65歳支給を選択したとする。現役のころから大幅に給料を減らしながらも、世話になった会社にとどまって力になろうと考えたのだ。
しかし、体は自覚なくむしばまれていて、65に達する前に亡くなったとしたら、年金をもらうことなくこの世を去ることになる。

 もちろん、遺族年金として妻に支給されるが、それは実は満額ではないのだ。妻が専業主婦の場合、会社員である夫の給料から、妻の基礎年金1階部分を払っていたという扱いになり、妻本人分の年金は出るが、あまりに少ない金額だ。それに加えて夫の遺族年金となるのだが、夫の受給額から何割かが引かれた額となるのだが、夫一人の給料で家計をきりもりして暮らしてきたわけだから、少なくとも、その家計から支出した年金保険金額に相応する満額の年金が支給されてしかるべきなのではないか。妻が掛けていたと見なされる年金額と、夫の遺族年金を合わせた額が、夫が支出した年金保険金額に相応する受給額よりも少ない場合、それは、国が想定する「働く夫、専業主婦の妻、子ども二人」というモデル家族を守れるとは思われないのではないか。このモデル家族の収入は夫の収入のみであるから、その収入から支出された保険金額に相応する年金は支給されるべきだ。それを、夫の死後、わざわざ夫の分、妻の分に分割し、算定をし直し減額支給すのはどうなのか。

 この制度では早死には絶対に損である、ということ。寝たきりになっても意地で生きながらえなければ、払った保険金を回収できないのである。亡くなった場合、それまでに支給した年金額を相殺して、せめて本人が払った金額はその遺族に返還しなければ、変な言い方だが早死にすらできない。

 この問題点は、明らかに世代間扶養を前提とする現行制度の弊害である。その年度の受給対象者を、その年度の現役世代(労働者)が支える、つまり、日本全国の年寄りにかかるその年の費用を、その年の全労働者の保険金でまかない、既にそれでは全額に満たないから、税金を投入しているのだ。

 この仕組みでは、亡くなったときに払い戻す、という発想は生まれない。亡くなったらサヨウナラなのである。よって、この世代間扶養をやめてしまう必要がある。

●個人勘定を導入せよ
 
 自分が現役世代に支払った保険金が、総額でいったいいくらなのか、そのお金を政府が責任をもって運用した結果いくら増えて、自分に権利がある金額はいくらなのかを明確にすべき。これを導入することで、厚生年金や共済年金といった別はなくなる。世代間扶養のもと一元化するのではなく、あくまで個人の別にし、個人の権利を明確にするのだ。
もちろん、現行制度は雇い主が半分を負担しているから、その扱いをどうするかが問題だが。それについては雇い主が負担する金額もその労働者の権利を保障するものだから、個人勘定に入れる、ことが妥当であろう。

 そもそも年金は国が保証する最低限度の生活に見合った金額になるはずだから、労働者が一生働いて老後のために年金を掛けていても、個人勘定に貯まる金額は、おそらくはとうてい長い老後を生きていくだけの額にならないだろう。つまり、国が保証する金額で毎月を過ごしても、ひょっとしたら数年分しかプールされていないかもしれない。

 国が保証する金額は、やはり国が保証すべきだろう。個人勘定の原資を国が運用して増やすことで個人の掛け金を増やしておかないと将来の国負担分は重くのしかかる。個人がよくわからないながらも株やら外貨やらで運用するよりも、個人勘定の原資をまとめて、国の責任のもと、ドカンと運用して個人勘定に戻す、という方法でこそ、国の年金だ。

 民間の保険商品でそれが成り立っているのだから、できないはずはない。まして、民間の保険商品では、保険金から手数料を差し引かれた残りで運用して、それで民間会社が成立しているわけだから、その方式ができないはずがなかろう。

 とはいえ、年金は国が生活の保障をするわけで、民間の保険商品は貯蓄型であり違いがあるので、個人勘定年金の純粋なる運用益だけで生活保障するのは厳しかろうから、やはりそこは現在のように税金を投入せざるをえないだろうとは思う。

 ◎私の考えでは、上述のように、個人勘定を導入して、世代間扶養をやめてしまうこと。これでなければ少子高齢化社会における年金制度は必ず破綻する。

 先日の産経新聞でも、世界各国の制度破綻の危機が取り上げられていた。世代間扶養であれば、破綻を防ぐには、現役世代の負担増、リタイヤ世代の支給減をし続けていかなければならない。現役世代が、自分たちがもらえる番になったら、今よりも段階的に、格段に受給が減る、とわかったら、高騰する保険金を払おうと思うだろうか。その分を自己責任で運用し、将来に備えた方がよっぽどましだと思わないだろうか。

 だから、今、国は脱退権を認めないだろう。現役世代が、これまで払い込んだ保険料を捨ててでも、これから払う保険料を自己責任で運用すると考えるだろう。少なくとも私は抜ける。

 私ごとで言えば、結局民間の保険商品を購入している。その購入額は年間90万くらいだろうか。国の制度が安心ならば、この90万は他に回せるのだ。でも、不安だから購入するのだ。でも、所得税の保険料控除はたった5万円。この国の制度はどこからどこまでおかしい仕組みになっている。

 そして、個人勘定にすることで、同時に社保庁の馬鹿な買い物に、年金資源をあてることをやめることだ。法律で年金資源から支出できなくする必要がある。宿泊施設の建設やら、ゴルフ練習場やら、個人の権利が明確となっている年金資源を、処分資格者でない社保庁の馬鹿どもが勝手に浪費できないようにすることは当たり前中の当たり前ではなかろうか。
とにもかくにも、年金制度は抜本的な改革が必要だ。世代間扶養制度は絶対反対。よって、世代間扶養を前提とする民主党の一元化案にも断固反対。個人勘定制度に切り替えよ。個人勘定ならば、転職も、早死にも損にはならないのだ。

 制度に関する詳細な考察は是非バックナンバーをお読みいただきたい。
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by cogno_eb2 | 2007-06-27 21:08 | 年金問題考

出生率1.25で年金制度破綻   

出生率 最低1.25 「年金」「労働力」不足も 予想上回る少子化ペース

 出生率が1.25にまで落ち込んでいるという。今朝のニュースでは、社会保障関係費のうち70%が高齢者対策で少子化対策は4%だと報道があった。

 これはやばいよね。高齢化が進み、人口の比率が逆ピラミッドになっていくような社会では、確かに高齢者の医療費を筆頭に、高齢者にかかる社会的負担は増大するが、70%に対して少子化対策が4%というのはあまりにも無策だと言わざるを得ない。

 少子化が進むとどうなるか。当然ながら、真っ先に年金の負担増だ。現在のシステムは1.31を底として1.39くらいまで回復する青写真のもとで設計されているが、その青写真は画餅であることがわかったから、より一層の負担増と給付減になろう。

 若い世代の負担が重くなったらどうなるか。収入が少ないのに社会保障負担ばかりが重くなれば、当然、出産の計画は家計に見通しが立つ年齢帯に後ずれするだろう。20代後半から30代か。そしてもうける子どもの数は減るだろう。それは単純に養えないからだ。

 少子化対策で児童手当を拡充するというのは、実は手ぬるい対策だ。子ども一人あたり月に5千円もらったところで、風邪やらおたふくやら水疱瘡やらで小さいときに医者にかかる頻度の多い子どもに月5千円の手当は、あるに越したことはないが、家計の苦しさに大差ない、という感じ。

 思い切って高齢者医療の負担を増やし、子どもの医療費を無料化せよ。化粧して病院にきている元気なばあさんには、相応の負担をしてもらおうじゃないか。こちとら仕事休んで医者にかからなならんくらいのひどい熱なんざ、年に1回あるかないか。それなのに何時間も待たされて薬も合わせて約5千円。隣では「50円ですよ」と大声(耳が遠いのだろう・・)。はぁ?お前はいくらの医療費を50円にまけてもらったんだぁぁぁぁ!それとも166円の医療費(3割負担で50円)のためにわざわざ病院に来たんか!どっちだぁぁぁ!
 
 ちょっと脱線しました・・。

 さて、共働きだと長時間の保育園が必須。私の友人は、奥さんと共働きだが、2人の子どもの保育園の費用が奥さんの稼ぎのほとんどに達するくらいの高額。これじゃあ何やってんだかわからないよね。公立の保育園・幼稚園を増やす。もちろん安くする。
 
 財源?そんなもん70%の高齢者対策をさっ引くに決まってんだろ。これを新税やら増税やらでまかなおうとしたら若い世代直撃する。そうだ、ODAも減らしたら?

 年金改革も抜本的にやらねばやばい。改革というよりも新年金の創設。これはうちのブログで何度も主張していることだ。現役世代が高齢者を支える制度はやめる。そんなもん成り立たないことくらい誰にでもわかるでしょ。一元化とかそういうことじゃなくて、世代間扶養はやめる。だって現役世代が極端に減るのに、どうやって支えるんだよ。最近積立型・貯蓄型の保険商品が増えてきているけど、やっぱ積立方式にしないとだめだよ。自分が払った年金は、国が運用して払った分+αが老後に帰ってくる。非常にわかりやすい。払った分の何倍も返ってくるっていう今の制度は、運用利回り以上のリターンがある場合、結局その上乗せ分は現役世代の負担になっているわけだ。まあ、実際は、制度上決定した給付率を払うためにその年度に集金された現役世代の負担金を使い切ってもまだ足りず、財政出動している。そんな制度だから破綻するんだよ。

 年金なんかに頼れないから、我が家だって生命保険やら貯蓄型の保険やらで、年間かなりの額を費やしている。年金がしっかりしていれば他に回せるのに、頼りないからそういう商品を買っている。なのに所得税控除はたった5万だよ。いまどき年間5万円でいくらの保障が買えるってんだ。馬鹿も休み休み言え。

 ってことでなんだか色々書いちゃったけど、次の首相には、あるいは次の政権には、このへんのことちゃんとやってほしいな。
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by cogno_eb2 | 2006-06-02 09:54 | 年金問題考

賦課方式給付建て では高齢化に対応できない   

 民主党参議院議員 藤末健三氏よりTB&コメントをいただきました。ありがとうございます。

 今日は藤末氏のブログへ投稿いたします。

 私は専門家でもなんでもないただのサラリーマンなのですが、前回の選挙の時に年金問題が国民の一大関心事となって、私も本を読んだりネットで調べたりして年金制度のことを勉強しました。その特集はココへ越してくる前のエキサイトブログにあるのですが、ここで、それらを振り返りながら、藤末議員にお願いしようと思います。

 まず、民主党が出した、当時の年金法案について私の率直な考えを示しましょう。

年金制度を考える(2) ~民主編~

 ここで書いたとおり、残念ながら民主の法案は、我々の生活がいったいどう変わるのか、具体的に言えば、いくら出て行って老後はいくらもらえるのか、今の暮らしはきつくならないか?年金で生活できるくらい将来はもらえるのか、という疑問に答える内容のものではありませんでした。

 この点でいえば、政府案(現法律)は数字が出ていたので、その数字には賛成しかねるとはいえ、目安にすることができました。

 民主党への要望  姿形がはっきり見える、民主党版年金制度を示してください。

 先の選挙で、民主党の主張で記憶に残っているのが、「一元化」と「スウェーデン方式」です。このうち、民主案が 「スウェーデン方式」を採用し、日本版と名づけたことに、私は反論します。

年金制度を考える(4) ~スウェーデン方式と民主案~

 民主党が提出した法案に、スウェーデン方式の特徴とも言える「拠出建て」と「積立方式(スウェーデンでは一部積立方式)」の2点が含まれていないように見える。現行制度と同様に賦課方式を採用した時点で、私は、少子高齢化社会に対応できないと考えいます。つまり、賦課方式を採用した時点で、その制度は破綻すると考えているのです。その理由は↓こちら

年金制度を考える(3) 

 そして民主案の「一元化」にも一言。賦課方式か積立方式かを論ずることなく、一元化のみがクローズアップされることは非常に危険だということ。国民は「一元化」と聞けばなんとなく「そのほうがいい」と答えるだろうけど、どの方式にするのかも合わせて論じなければならないと思います。

年金制度を考える(5) ~一元化の是非~
年金制度を考える(7) ~年金改革法案を見直す動き~

 さて、前のエントリで「民主党に政争の具としない決意があるか」と書いたのは、これまでの年金に関する国会審議の場において、年金制度の改革が論議されては先送り、骨抜き、といったことが繰り返されてきた事実があるからです。もちろん、賦課方式・給付建ての制度を前提にしているので、高齢化社会に備えて給付水準の引き下げと保険料の引き上げという痛みをずるずる先延ばしてきたわけですが。それがもとで大赤字をぶっこいてる今の状態になってしまったのですが。

年金制度を考える(8) これまでの改革

 批判ばかりでは議論が前に進まないので、素人なりに改革案を考えてみました。

年金制度を考える(9)
年金制度を考える(10)
年金制度を考える(11)

 民主党の皆さんには、私の考えがどのように映るのか、是非うかがいたいものです。

 さて、今回、民主党が与党に申し入れているということなので、中身をみてみました。

●各党が抜本改革への決意を新たにすること
●抜本改革を必ず実施することを、国民に明確に表明することが政治の責任を果たす一里塚である

 なるほど。それはそのとおりです。

 ただ、「与党は抜本改革として法改正をしたんだ」と言うでしょうから、さらなる改革がどうしても必要なんだ、ということを、具体的な制度論として示し、世論が「民主党のいうとおりだ!法改正した現行制度ではダメだ!もう一度、こんどこそ抜本改革せよ!」となれば、政府・与党もやらざるを得なくなるでしょう。

 「決意を新たにせよ」と言葉だけぶつけても、「認識の違い」として与野党が議論のテーブルにつくことすら困難になるでしょう。首相や与党幹部に「抜本改革する」と発言させることを目標とするようなことでは困ります。

●年金制度の抜本改革の骨格について成案を得るという確認が必要

 これも先ほど書きましたが、具体案を出して世論に訴え、「わかった。骨格の案をつくろう」と言わせることが効果的だと考えます。

●各党が年金制度の抜本改革の具体的方向性を提示しあい、改革への決意や、いつまでに結論を出すのか、どのような目標に向かってなにを議論し結論を導き出すのか、などの点について、まず国会で決議を採択し、国民に提示することが必要

 まず、国会決議を、というのが気になります。与党は先の法改正が選挙の結果を通じて国民に認められたと認識していることから、具体論なくして国会決議とはいかないでしょう。政治上のかけひきで国会決議を目指すのではなく、現行制度が抱える問題点を徹底的にあぶりだす作業をすれば、与党もテーブルにつかざるを得なくなると思います。

●(国会に)集中的に議論を行い得る適切な場を設ける必要がある

 賛成です。大いにやってください。適切な場というのは具体的にどういう場でしょうか?教えてください。

 ということで、ここまで、藤末議員に届けとばかりに長々と書いてきましたが、TB&コメントお待ちしております。

 ちなみに、私は完全無党派を自負しています。かつて反自民の気持ちから民主党を応援していた時期もありましたが、今では政策主義で考えています。

 是非とも、納得のいく答えをいただきたいと思っております。
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by cogno_eb2 | 2005-03-10 12:02 | 年金問題考