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拝啓 福田様。一般財源化で国民が理解する、と本当に思ってる?   

 福田首相は期限切れ後すみやかに揮発油税などの暫定税率を復活させる法案を通す気らしい。4月にいったん期限切れを迎え、ガソリンが安くなった後、再び税率を上げる事に対して、 「一般財源化することで国民の理解を得る」そうだ。

 一般財源化でなぜ国民が理解すると彼は考えたのだろう?全くわからない。

 税金には、趣向税や贅沢税という観点がある。自動車取得税などは贅沢税だった。税制体系が整備された当時、自動車が買えるのは一部の人々で、買えるくらいの財力があるならそこから取るという考えだ。そして、道路特定財源は、道路建設により直接的に恩恵をこうむるのは車ユーザーだから、建設費はユーザーから取ったものでまかなうという考えから設けられたもの。そして、暫定税率は、高度成長時代に建設促進の社会的目的から設けられたもの。

 これらの背景を考えれば、高度成長が終わったのに税率はそのままで、車ユーザーが支払った目的税が、一般財源化によって目的外に使用されるという一般財源化は、そもそも税のあり方から大きく外れるものであると言わざるを得ない。

 国も地方も入ってくる税金をあてにして既に計画を作ったから、ここでカネがなくなるときついので、道路建設のために税率は上げたままにする。いったん減税されたものを増税するには反発が必至だから、特定財源という黒い仕組みをやめて一般財源化する。という考えなのだろうが、既に作った計画の見直しはしないのか?一般財源化されたら国交省の人件費にも引き続き使えるようになるのではないか?マッサージチェアなど金額的には安いもので、それができなくなるというメリット以上に、人件費や宿舎建設費など、巨額の流用のデメリットが、今後は流用ではなく正規の使い方に変わるだけではないのか?

 特定財源が悪いのではない。特定財源が流用されていたのが問題なのだ。特定財源を一般財源化することにメリットがあるのではなく、目的税として徴収したものを、今後はどのように使っていくのかが大事なのではないか?私は、目的税としての特定財源でよいと考える。その代わり、目的外使用・流用は一切できない構造に変える。そうしたときに税率は暫定分をなくしてもやっていけるのか、そうでないのかを算出すべき。

 つまり、現在の特定財源の仕組みの中で、マッサージチェアなどのおバカな使い方をしていたのはいくらで、純粋に道路建設にあてていた費用と、人件費などの他の目的で使っていた金額の内訳を明示し、「馬鹿な買い物を無くして浮く分」+「人件費などの目的外使用の分は正規のやり方どおり一般財源から充当することで浮く分」を、「見直した道路計画で必要な分」と比較し、税率を現状の高いままとするか、暫定税率をやめるか、今よりも低い暫定税率を新たに法制化するか、これを有権者に問えばよい。

 国民の目線で考えるなら、このくらいのことはやるべきだ。単に一般財源化で理解が得られると考えるなら、国民をバカにしているとしか言いようがない。少なくとも、私はそのような「理解」はしない。


ブログ意見集 by Good↑or Bad↓ 道路特別会計の使い道

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by cogno_eb2 | 2008-03-28 20:27 | ニュースコラム

あと6ですねぇ   

記念すべき7万ヒットまであと6ですねぇ。

踏んだ方はコメント4649!
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by cogno_eb2 | 2008-03-25 00:55 | キリ番

迷惑メール禁止法   

実効性のある対策がどのくらいとれるのかよくわからないが、これまでのような、「受け取り拒否します」などと意思表示して送り返したら、存在確認済みメアドとして逆に認知させることになるので、放っておくしかなかった。

迷惑メールの多くが海外から、と新聞記事にあったが、我が家に関していうと、日本の色系サイトからの迷惑メールばかりだ。海外からはほとんど無い。

迷惑メールを受信しないようにするための予防策として、これまで、
1.ネットショッピングで使うメアドは、WEBメールにする(IEなどでダウンロードしない)
2.HPやブログのテキスト部分に書いたりしない(Htmlのソース上に記述しない)
3.怪しいサイトなどでは絶対に使用しない
といった対策を講じてきた。

巡回ロボットがHtmlのソース上にあるメアドを自動で回収しているという話を聞いたことがあるので、HPやブログで使うメアドはIEなどでダウンロードしないようにすることが重要。よく「メアドの@@を@に変えて送信してください」みたいな表示があるサイトがあるが、これが自己防衛のよくある例だ。ロボットが「1234@@567.ne.jp」というメアドを自動で収集しても、不正なメアドで送信できないため。
我が家でも自己防衛をしてきたおかげで、私信使いのメアドへの迷惑メールはなかったのだが、先日、うっかりヤフオクをやってしまった。それからは色系メールがガンガン届くことに。プロバイダを変えることにした。

一方、ネットショッピングで使うWEBメールには、アフォなメールが山のよう。こちらは同業他社からのメールがわんさか。もちろん例によって色系メールも。

迷惑メール禁止法案でどのくらい対策が強化されるかわからないが、巡回ロボットで収集しているものもあるらしいから、いっそのこと、国が巨大なサーバーを立てて、迷惑メールのメアドをUPできるようにしたらどうか。ドメインをたどったり追跡するにも情報がないとできないだろうし(プロバイダー事業者から報告させればいいか・・)、ロボットを逆手にとって迷惑メール返しもできる(効果は不明だが・・)。

あと、もう一つの問題として、個人情報保護が徹底されていないということがある。それは、ネットショッピングをしたあとに、なぜ同業他社からダイレクトメールが届くのか。あんたのところにはメールや名前の情報を出した覚えがないぞ!さてはショップが流したな!ということが放置されている。これは立派な個人情報保護違反ではないか。

これはメールの話ではないが、マンションの内覧会に行ったら別の業者からマンション買えと電話がかかってきたこともあったが、個人情報保護法なんかあっても、情報なんて漏れている。情報を売買さえしているのではないかとも思う。迷惑メール禁止法に基づく対策では、個人情報保護の観点からも、実効的な対策を講じていただきたい。


ブログ意見集 by Good↑or Bad↓ 迷惑メール

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by cogno_eb2 | 2008-03-21 00:15 | ニュースコラム

地方分権改革は進むか   

地方分権改革というのは、実は1993年に、衆参両院で「地方分権改革の推進に関する決議」というのをやってから、実に15年もたっているんですね。衆参両院で決議ということは、国民全体で地方分権に合意した、ということになるそうなんですが(記憶に全くない・・・そのころアタクシは学生か・・)、それから何か進展があったのでしょうか。

ググってみて何となくわかったことは、国が都道府県や市町村に命令一下手足のように動かすという機関委任事務制度が2000年になくなり、「地方の裁量が増えた」と評価されていること。
本当にそうなのだろうか。そして、その地方分権は私たちの生活に何かいいことをもたらしたのだろうか。謎であります。

東大の神野直彦教授は、「福祉国家の行き詰まり」から、これまでの成長重視政策から生活重視政策への転換を、中央集権から地方分権へと転換することによって、実現し、行き詰まりを解消すると論じています。

一方で、地方分権改革推進委員会委員の井伊雅子一橋大教授が、地方分権によって、増税なしの行政サービスの増加など、嬉しいことがいろいろ起こるということはあり得ないと明示すべきという趣旨のことをハッキリ言っていることが印象に残ります。これは、法令による地方自治体の財政負担が固定化している中で、自治体が独自にサービスを拡充しようとすると、相応の資源が必要で、法定外目的税など独自の課税で資源を集めなければならない、手っ取り早く言うと今よりも負担が増える、ということを抜きに語れないということでしょう。

神野教授の論理はわかりやすく、地方分権の必要性という抽象的なつかみにくい概念が、なるほど、とストンと落ちるのですが、実際にどうやっていくかという地方分権改革推進委員会でのやりとりを見ていくと、簡単ではないな、というのが率直な印象。

現に霞ヶ関は「地方に権限なんかやらね~。判断するのはあくまで俺たちだ。」という姿勢が崩れておらず、動かざる事山のごとし、なわけですので、地方分権バラ色論というのはあり得ないんだなということがわかります。こんな山のごとしの国が2000年に機関委任事務をなくすことに合意したというのだから、2000年の改革はきっと骨抜きだったに違いない。あるいは、お得意の、概念上の成果だったのだろう。県庁のHPを見ても、具体的に何がどう変わったのかは一切書いてないので、結局、具体的には一切変わっていないのだろうと思います。

地方に権限がおりてきて、自由裁量のワクが広がったのなら、県や市独自の判断でこれまでできなかったことができるようになった!というPRがあっても良さそうなもの。国がこんなに強硬姿勢だから、2000年の改革は、国にとって痛くもかゆくもないものだったのだろう。機関委任事務の廃止は画期的なこと、という評価は、行政学者や行政法学者が、特殊な価値観の上で言っているのに過ぎないのだろう。神野教授が言うような、そこに暮らす人がわかるような変化はまだないし、井伊教授がバラ色ではなく痛みだと警鐘を鳴らすような、痛み(=独自課税によるサービスの向上の動き)についても聞こえてこないのが現状だ。

結局、何も変わっていない!?

小泉政権の三位一体改革以降、焦点は税財政の問題に移行したらしい。そりゃそうだ。無い袖は振れぬ。権限が概念上地方に移ったという改革の次に、財源が実質的に移ったとならなければ、実質的に地方自治体はなにもできない。カネが発生する事業の実施権限は当然のこと、許認可の権限(紙のやりとりだけの話という例です)すら手放そうとしない霞ヶ関の強行姿勢に、分権改革推進委は手を焼いているそうで、これでは、神野教授のいう福祉国家の限界を乗り越えることは当分できないと思っちゃうんですな。

一方で道州制ビジョン懇談会というやつがあるそうで、そこでは「分権改革推進委は中央集権体制の元での役割分担の話をやっていて、ビジョン懇は国のあり方そのものを論ずる」と座長自ら発言してるから、国が国のあり方そのものをドラスティックに変えることに首を縦に振ることは考えられず、道州制など夢のまた夢物語と言わざるを得ませんな。

結局、この国は明治維新後連綿と続く、霞ヶ関“一党”支配(!)で成り立っている。これを改革しようとするには、改革前と改革後の具体的な絵が描けないとダメでしょう。理念はわかった。総論では分権化でよし。あとは具体論です。

地方分権反対の霞ヶ関に対して、地方分権推進の地方自治体の側から、さしたる具体論が出てこないのは寂しい限りですな。


ブログ意見集 by Good↑or Bad↓ 地方分権改革

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by cogno_eb2 | 2008-03-10 22:20 | ニュースコラム

地方議員の仕事は何か。   

ちょっと前までは、機関委任事務といって、地方自治体を国の出先機関(=国の手足)として政策を実行する体制が組まれていたので、地方自治体には意思決定権のない仕事がすごく多かったそうです。都道府県では6割とも8割とも言われ、市町村では4割くらいが、大臣(=国・霞ヶ関)の命令によって有無を言わさず処理しなければならない仕事が存在していたとか。しかし、3割自治という言葉があるように、財政面では、自前の財源(=地方税)が財政規模の3割くらいしかなく、残りは国の補助金やら地方債やらいわくつきのカネでしかなく、使い道に制限があったり、地方の事情に合わせて政策的に使う、ということができなかった。

だったら、地方議員って何をしていたの?そして、何ができたの?という疑問がわく。

機関委任事務が2000年に廃止されたそうだが、依然として教育や介護など国民生活に直結する重要な政策の多くは、国と都道府県と市町村の役割が法律で決まっており、地方自治体の裁量が増えていないらしい。簡単に言えば、「これをなんとかしてほしい」と言っても、「それは法律で決められていて、知事といえども裁量がない」という状態。だったら国会議員に「陳情」して、法律そのものを改正してもらう以外に道はなく、知事やら議員やらを当てにすることは無意味。ん~、だったらなんで選挙で彼らを選んでいるの?彼らは何の役にたつの?

この疑問を、地方政治の舞台上にいる首長や議員、そしてスタッフである役所が、首長の裁量の範囲について明示すべきだ。ここからここまでは、首長がGOサイン出せば実現可能だ、と示してないと、有権者が法律やら規則やら何やらすべてを読み込んで判断しなければならない。

日常生活でそんなことをする暇なんてないし、たとえば介護の問題の当事者になった時にあわてて、そして必死にいろいろ調べても徒労に終わる。私ももう亡くなった祖母が倒れた時に、仕事を休んで実家に戻り、母の代わりに病院行ったり町役場行ったり大変だった。結局は制度上の限界の壁にぶちあたって「終了」したわけだけれども。

役所はあまりにもブラックボックスだ。平日の昼間に窓口に行って情報公開請求したって、こちらが理解しやすい資料がでてくるはずもない。仮にあったとしても、その書類の存在をあらかじめ知っていなければ請求してもでてこない。「○○に関する書類すべて」なんて請求したって、役所が「これは“関する”とは言えないから該当なし」と判断すればすべて出てくるとは限らないし、その判断が公開されることはない。

議員が議会や委員会で一生懸命データや施策の判断の根拠を引き出そうとする質問には、役所はあらかじめ資料を作って答えているのに、市民が同じ事をやろうとしても、役所はやっちゃくれない。もっとも、議員がいくら質問しても、既に決まった路線の答えを、しかも抽象論で答えて終わりでは、何の解決にもならない。

ブラックボックスを透明化する労作業に骨を折ってくれる政治家はいないのか。そこに気がつく人はいないのか。一市民ではいかんともしがたいのだ。そのために税金を払って首長や議員や職員を雇っているのに。
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by cogno_eb2 | 2008-03-10 22:19 | ニュースコラム

議会改革・地方政治改革   

新聞記事で「通年議会」「議員報酬日当化」の記事を読んだ。通年議会を目指すのは、議会改革に熱心な三重県議会。日当化は、財政状況の悪化が懸念される矢祭町。どちらも、議会の議員が、その地域の実情と真剣に向き合った結果として、好意的に受け止めたい。

私は、地方議会は非常に無駄の多い、そして、実情とは乖離した「理念型」のみで存続しているものだと認識している。

無駄というのは、仕事ぶりに対する報酬の高さで、「理念型」というのは、選挙による住民代表というところまではよいが、選挙後の活動が、決して民意を地方政治に反映させているとはいえないということであり、いずれも、地方議員の仕事内容に起因する。

地方政治は民意によって成り立っているか。これは「理念型」からすれば、当然成り立っていることになる。知事や町村長(以下「首長」)は選挙で選ばれているし、議員もである。自治体全体の代表である首長と地域代表として選出される議員が、二元代表ということで議会で火花を散らす・・・。「理念型」とすればそうだ。

しかし、自分が議員になったときのことを想定してみよう。一つの事業や制度の裏には、膨大な量の専門家集団(役人)が控えており、法律の解釈やら事業の正当性根拠(背景にあるデータやそれに基づく意味づけ)など、その事業や計画が「正しい」とする理由が山のように積んであり、決して「実は間違っていた」ということは言わないシステムができあがっているのである。これを崩していくには、普通に考えて、一人で同じ量の周辺データと向き合い、どのように実施すべきかの解を導き出さなければならない。これは、役人何人分の仕事になろうか。

議会開催中以外の活動として、この役人何人分かの仕事をきっちりやることになれば、議員報酬は決して高すぎるということはないかもしれないが、議会質問を聞いている限りでは、実際にはそこまでの検討を行った結果対案を示す、ということはできていないように見える。

議員の質問は、主に、「知事の所見を伺う」とか、「十分に検討していただきたい」といって注文を付ける(実際には注文をつけたことになっていないが・・)くらいの発言にしかなっていない。さらには、知事や役所が認識している、あるいは、判断している根拠となるデータなどを引き出して、最後に「検討していただきたい」で締めるとなると、これは単なる質疑セレモニーでしかない。質問した結果、既定路線が変更になったなどの変化を与える結果を伴わなければ、いかに時間を費やそうとも、既定路線の追認でしかない。

既定路線の追認であるならば、「事件は会議室で起こっている」という「踊る」の管理官の発言のように、政策は、議場ではなく、役所で作られている、のである。そして、様々ある膨大な案件を、すべて知事が一つ一つ、背景データを積み上げて立案していることはあり得ないから、有権者の信任を得ていない役人が作り出しているのである。

これは、変えなくてはならないだろう。

どう変えるか。役所は、議員に質問されるレベルの背景データ、事業や計画決定という意思決定に至るプロセスのすべてをインターネットで公開し(もちろん、窓口で資料として公開もするが)、誰でも容易に情報が手に入るように変えるべきだ。そうすれば、議会の質疑で、判断の根本となるデータの説明や考えの説明といった部分は割愛でき、質問時間を政策質疑に当てることができるのである。

議員もまた、与えられた質問時間の中で、「知事・行政からこんなデータを引き出した」「言質をとった」ことを手柄とするのではなく、知事や行政の認識や判断に対し、住民意思を背景に異を唱え修正させることに費やすことができるのである。

つまるところ、知事(+役所のスタッフ)と議員との情報のギャップがひどすぎで、これが有権者との情報ギャップはというと100:1、いや1000:1ぐらいかもしれないので、このギャップを埋めることが第一であろう。

東京大学の金井利之教授は、有権者がお任せ民主主義になり、議員はそんな有権者の口利きでポイントを稼いできたという趣旨を雑誌に寄稿していたが、まさにそのとおりで、その状態から脱却しないと明日はない。その理由は次回で。
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by cogno_eb2 | 2008-03-10 22:18 | ニュースコラム

賦課方式・給付建ての年金を、積立方式・拠出建てに変えよ   

現在の年金方式は、「賦課方式・給付建て」である。

これは、世代間扶養の考え方に基づき、法律で給付額を定め、現役世代から集まったカネを給付対象者に分配する方式だ。

この方式では、少子高齢化に全く対応できない。高齢化により給付対象者が増え、現役世代(労働者)が減ると、当たり前のことだが、現役世代にもっとたくさん負担してもらわないと、ふくれあがった高齢者に、法律で決められた給付額を満額支払えない。今後ますます高齢化が進めば、負担額が上がっていくのは当然の仕組みなのだ。

ここで付記しておく必要があるのは、現役世代から集まった給付原資のみでは、給付額に満たないということで、税金が投入されているということ。つまり、年金のための隠れ負担が発生しているということ。これでは、自分の生涯賃金からいったい年金にいくら投じているのか、計算ができない。そして、高齢化が進めば法改正により給付額が減らされるわけだから、果たして自分が老後の人生に、いくら年金がもらえるのか不明であるのだ。わかっていることは、少なくとも今の水準より少なくなることだ。

今の制度では、払った分だけ(隠れ負担も含めて)回収できるのかさえ不明なのである。

だから、世代間扶養の考え方を捨て、個人勘定を導入すべきだ。簡単に言えば、自分の年金口座を作る、ということ。年金口座を作っておけば、払った分が少なければ、もらえる分は少なくて当たり前だから、年金未払いは損だということで未払いは解消されるだろうし、職業が変わっても複雑な手続きをする必要がないし、手続きの人件費も抑えられる。また、残念ながら早く亡くなったときには、払った分については全額を遺族に支払うことができるようになる(もともとその人の可処分所得から支出しているから返すべき)。いわゆる、「積立方式・拠出立て」だ。こうすれば、25年払い続けないと一切支給されない、という馬鹿なこともなくなる。

とはいえ、個人が口座に積み立てたお金(もちろん国による運用益を含む)だけでは老後のすべてをカバーできず、それは国が保障する年金制度にならない、ということもあるだろう。国が保障する最低限の生活ができる額に満たない場合は、やはり税金を投入することになるが、それは、目的税として対応することになろう。

こうすれば、高度経済成長期を生き、現在老後ライフを満喫している人(少ない掛け金でハイリターンの人たち)と、将来もらえるかどうかすら不安な現役世代といった世代間不平等は生じない。

問題はどうやって制度移行するかだが、現行制度の方が有利な世代(おそらく40代後半以降の人)と明らかに不利な若年世代とで分かれると考えられるので、不利な人には現行制度の脱退・新年金制度(積立方式・拠出建て)への加入を認め、旧制度利用者がいなくなるまで二つの制度を並行運用する。

こうすれば、年金不安を解消することができる。

詳しくはバックナンバーを参照のこと。
年金制度を考える(9)
年金制度を考える(10)
年金制度を考える(11)


ちなみに、民主党が言っている一元化論は、未納による資金難にあえぐ国民年金や厚生年金(会社の不正や倒産による未納が発生する)の救済のため、完全天引きによる潤沢な原資を誇る共済年金をひっぱろうとしているものであり、世代間扶養を前提としていることから本質的な解決策ではない。
年金制度を考える(4) ~スウェーデン方式と民主案~
年金制度を考える(5) ~一元化の是非~


ブログ意見集 by Good↑or Bad↓ 年金制度の嘘と現実、そして将来

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by cogno_eb2 | 2008-03-08 00:36 | 年金問題考