また失言か。民主・菅代表   

「やるやる詐欺」は不見識 川崎氏、菅発言を問題視

 民主党 菅代表がまた感情的な発言で挑発行為に出ている。

 この人の語録を作ると、本当に感情的なものばかりだ。この手の発言は、耳にした我々国民が、彼が伝えたい内容以上に、自身の感情をプラスして認識するので、はっきり言って不必要だ。これに同調している田中康夫長野県知事(夕刊タブロイド紙に感情的な連載をしている)などをひっくるめて、政治家として見識がないといわざるを得ない。

 政治家は国民を賢くした上で、国政の難しい内容を国民に理解してもらうよう努力してほしいと思う。感情に訴えるのは下策中の下策。

 民主党には上策はないのかな?
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# by cogno_eb2 | 2004-04-15 12:00 | ニュースコラム

マンガ『三国志』の横山光輝氏 重態   

漫画家横山光輝さん重体

 横山光輝氏といえば言わずと知れたマンガ『三国志』の著者。私が小学生のころ、NHKの人形劇「三国志」が好きで、毎回欠かさず見ていた私の姿を見て、母が横山氏の三国志を全巻買ってくれました。それ以来、「三国志」の世界にはまりまして、これまでに羅貫中の『三国志演義』や陳寿の『三国志正史』、陳 舜臣の『諸葛孔明』、竹田 晃『曹操』など、読みあさりました・・。

 私が三国志の世界を知ったきっかけとなった横山光輝さん、一日も早いご回復をお祈りいたします。
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# by cogno_eb2 | 2004-04-15 11:52 | ニュースコラム

ヤングジャパン アテネへ始動!   

大久保、まずは五輪オンリー-山本ジャパンの救世主になる!

アテネ遠征のメンバーが決まった。大久保がU23代表に専念するそうだ。

 大久保がオリンピック代表にとって必要な選手だと思うが、今のA代表にも必要なFWだと思うのだが。最近のA代表のふがいない試合でなんとなくA代表戦が待ち遠しくはない気分だ。先日のシンガポール戦では、「ここで快速ドリブラ-がいればなぁ」と思ったものだが、本山も大久保もいなかった。いまのA代表には大久保はほしい気がするが、掛け持ちなんてムリだからねぇ。

平山、U23FW枠へ高原とも競争

 オリンピック代表にオーバーエイジが加わってくるのかどうか今のところ情報はない。山本監督は記者会見で新しく選出した選手が少ないことについて「競わせる選手がいなかったということ」と話し、今後はオーバーエイジで入ってくる選手との競争だと話した。なるほど。「オレのポジションにオーバーエイジなんか入れるな!」という競争ですな。

 山本ジャパンは競争原理が働いているので、期待が持てる。がんばれ!ヤングジャパン!

 アテネ遠征の試合は中継ないのかなぁ。見たいなぁ。ないだろうなぁ。
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# by cogno_eb2 | 2004-04-14 15:22 | サッカー

「正論」について思うこと   



miemoveさん経由でjallyさんのとこ行ってみました。コメントで「~は正論だ」という表記があったことについてです。

 私の中では、「正論だ」というのは評価する言葉だと考えてます。AとBが議論していてCがAを評価して「正論だ」という。あるいは議論をしているBがAに対して「正論だ」と評価する。

 結局は評価の問題だから、正しいか正しくないかは評価主体(ここではBもしくはC)の評価基準に準拠するわけで、その評価基準を共有していない人、もしくは持てない人には、いくらBやCが正論だといっても「正しくはない」と評価されますね。

 結局は、コトが評価の範疇にある話なので、人の数だけ評価基準がありますから、ある人が正しいと思っても、ある人は正しくはないと思うケースが当たり前です。

 その意味では議論の中で誰かの意見や論理を評価する際に「正論だ」という言葉を使うべきではないでしょうね。私は久しくこの言葉を使ったことも見たこともなかったので、ついこの話題のブログへ行ってきました。

 なぜ「正論だ」という言葉を使うべきではないか。それは、他にもっとふさわしい、評価を表す言葉があるからです。「私は、正しいと思う」と書けばそれで済むことです。評価主体は「私」に限定されていて、「私」に限って言えばそれは正しいと「思った」ことを端的に表しています。私でない誰かは違うと言うかもしれないけど、「私」はそう思ったということですから。そして、根拠を示さない場合は単に「思う」「思った」、根拠を示すなら「~と考える」というふうに書けばよい。

 「正論」と書けば、その言説に普遍性を与える(みんなが一様にそう考えるべきことを要求する)ことになるので、「なぜあんたが普遍性を審判してんの?」というつっこみが、もれなくもらえることでしょう。
 
 ということで、ただ単に「そいつの意見がまともだな」と「思った」くらいのレベルの話に「正論だ」などといわないことが賢明ですね。せめて、評価できる根拠を示して、「私はこういう根拠であなたの結論に賛成だ(反対だ)と考えます」というのが精一杯でしょう。

 私はかつてここらへんに興味をもって勉強したことがあります。『社会学的思考の基礎』下田直春 という本がきっかけだったのですが。社会科学でいう科学的な論理には、評価主体や判断主体の主観は紛れ込まないか?というテーマでずっとあれこれ本を読みましたね。

 今回のテーマに絞って簡単に書くとこういうことです。

 「評価主体は100%すべての情報を持ちえていない」ことから、議論の出発地点はすべて相対的な地平にいる

 →簡単に言えば、自分が知っている以上の情報に出会ったら、自分の前提や根拠は容易に崩れる可能性があるということ。

 「評価主体の持つ情報は、その人の主観に引っ張られる傾向にある」ことから、自分が収集した情報それ自体が自分の興味・関心のあるものに限定されるキライがある。

 →つまりは自分が「こうだ」と思って情報を集めるから、情報のストックに偏りがある。

 この二点だけみても、我々の言説など、どれほど相対的なものかわかるはずですよね。我々は相対的な地平にいる、ということを前提としなければ、すぐに偏った言説になってしまいます。

 自分がそうだと思ったことすら相対的であることを十分に認識すれば、断定表現はよほどのことがない限り使うことはないでしょう。もちろん、三段論法などの理論の積み上げの結果必然として出てくる結論を除けば。

 ここから先は形式合理性とか実質合理性とかそんな話になっちゃうので、打ち止め。

 私は2chとか、一部のブログで展開されているような、好き勝手な言説は大キライです。感情むき出しの言葉遣いは議論の対象にならないから頭を冷やせとか、断定するなら根拠を示せ、とか、思ってしまうので、この辺の言説はあまり見ないですね。まるでこちらの参考にならないので。

 我々は一部の情報にしか接していないということと、持っている情報は自分のカラーを帯びているということ、ゆえにいつ崩れるかわからない相対的な地平にいるということを認識すれば、自分が気づかずにいた情報や論理に対して門戸を開く寛容な態度になれるでしょう。

 ブログというツールはこれまでのHTMLとは違って、こうした意見の集積がたやすいすばらしいツールだと思うので、相対性を認識した使い方をすれば、我々はもっともっと多くの情報に触れることができ、賢明さを増していくことができるでしょう。

 そんな目的でブログやってます。

 でもうちのニュースコラムにはあまりコメントが入らない・・・(涙)

 面白くないのかな・・・。難しいのかな・・・。 
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# by cogno_eb2 | 2004-04-13 16:32 | 雑記(日記?)

日本人拘束の事件 その2   

 今回の事件では「自衛隊を撤退させよ」という日本国内の世論が高まった、とされている。

 おそらく、もともと自衛隊の派遣に反対だった人たちが勢いづいたということだろう。テレビの報道では「自衛隊の撤退を求める署名が15万人」とあった。新聞では人質の解放を訴える署名となっている。

解放訴える人質家族のメッセージ放送、15万人署名も

 この「世論」とされる「自衛隊撤退の要求」には2つある。内戦を引き起こしている武装勢力たちが「自衛隊を撤退させたら人質を解放する」と言っていることから、人命救助のために犯人の要求をのめ、という意見と、「そもそも自衛隊を派遣したから日本人が狙われた」、だから自衛隊なぞひっこめろ、という意見だ。

 これに対し、政府は「テロリストの脅しには屈しない」として断固拒否する姿勢を早くから出すことで、今後の悪しき前例となることを防いだ。そして「イラクへ人道支援に行っているのに、撤退を要求するいわれはない」として毅然とした態度を貫いている。

 これは世論の2分類のうち、後者に対する明快な回答となる。では、前者に対する回答はといえば、いずれ詳細に明らかになるかと思われるが、人命救助のために現在行っている全力の救出工作だろう。

 日本の世論にはもともと自衛隊派遣に反対するものが存在するので、一気にそれが高まって、マスコミも取り上げるが、冷静に考えてみれば、自衛隊が派遣されたことと日本人が人質にとられたことに因果関係が強いかと言われるとそうとはいえないだろう。自衛隊が現地にいってなくても、日本人を捕まえてアメリカに対して圧力をかけることだってできる。同盟国の日本が黙ってはいないだろうから。日米に揺さぶりをかける手段として日本人が狙われることだって当然あるだろう。武装勢力の言い分など、自衛隊撤退以外にいくらでも存在するのだ。

 その意味からすれば、もともと自衛隊派遣に反対だった人たちが作り出す世論に一方的に傾くことなく、冷静に、危機管理能力のない勝手な行動がもとで、敵に弱みをみせることにつながる軽率な行動は慎まねばならない、という、グローバル社会の一員としての我々国民の意識の問題としてこの問題を取り上げることも重要だと思う。

 被害者の家族の方々のお気持ちは、我々の想像には及ばない、大変につらいものだと思うが、今回指摘した点も押さえておいてほしい。もちろん、無事解放されることを願っている。

 これを機に、国際貢献のあり方について議論が喚起されることを臨みたい。国レベル(もちろん自衛隊も含めて)や民間レベルで、日本としての国際貢献のあり方とは・・。

 最後に、幹事長の提案には反対である。自衛隊の歯止めがなくなっていきそうで怖い。

<イラク人質>「自衛隊の海外活動見直すとき」 安倍幹事長
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# by cogno_eb2 | 2004-04-12 12:27 | ニュースコラム

日本人拘束の事件 その1   

 今朝、読売新聞の号外をもらった。そこには「邦人解放」の文字がでかでかと載っていたが、記事を読んでいるうちに「???」になった。実際は解放には至っていなく、今後も慎重に対応していかなくてはならないとのことだ。

 イラクでの日本人拘束の問題では、多くの人がいろいろな考えを述べているが、少し整理して考えてみたい。

 まず第一に、事件の外形的側面から考えよう。

 拘束された3人は、フリージャーナリストで週刊朝日とも契約のあったカメラマン、高校を卒業したばかりで平和問題の活動団体をつくった男性。そして「自分に何ができるか確かめたい」とボランティア活動をしている女性だ。(詳しくはココ

 テレビでの報道によれば、この3人は異なる目的でヨルダン入りし、現地で出会ってイラク行きの行動を共にすることになったそうだ。

 ヨルダンの宿泊先でホテルの人から「状況はかなり厳しい。イラク入りはやめたほうがいい」という忠告を受けていたということだが、カメラマンは仕事という点で積極的だったといい、高卒の男性は劣化ウラン弾の調査という点で積極的だったらしい。イラクでボランティア活動をしていた女性は、メールでイラク入りに不安である心境を伝えていたという。

 この3人が現地の詳細な情報を持ち合わせていなかったことは確かなようで、外務省への報告などの処置もしていなかったということだ。

 読売新聞によれば、NGOのピースウィンズジャパンなどの団体は外務省への報告を行っているが、今回のように個人がイラクへ入国すれば、動向をつかむことは不可能で、初動も遅れるとのことだ。

事件再発防止へ、退避勧告を徹底

 彼ら3人の目的が崇高であるかとか、大事であるかという観点は置いといて、個人が勝手な行動をとれば、このようなことになる。現在、イラクは内戦状態だ。危機管理ができない3人の集団の勝手な行動という側面はぬぐえないだろう。自衛隊ですら、送り込んだ隊員の大半を警備にあてている現状だ。

 政府は、危険地域への入国を厳しく規制する、入国の際には外務省への報告を義務付ける、などの対応策をとるべきである。今回の事件が起こったことで、政府やその関係省庁が昼夜を問わず動かなくてはならなくなった。

 今回の事件による支出は本来ならばなくてよかったコストだ。3人の個人が引き起こした騒動にかかったコストを仮にほかへまわすことができたら、と考えると、彼らの行動の代償は高いか、安いか・・。

 自分の可能性を確認するためにボランティア活動をするならば、実績のある団体に登録して行動してもよかったのではないか。劣化ウラン弾の調査であれば、素人の個人がなにもこの時期にイラクへ入国しなくても、これまでに調査している海外の団体などと連携をとることができたのではないか。仕事のために入国したカメラマンについては、他の2人を巻き込むことの危険性を十二分に認識していただろうか。
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# by cogno_eb2 | 2004-04-12 12:07 | ニュースコラム

小野が五輪出場を希望   

小野が五輪出場を希望

 いやいや、お願いしたいのはこちらの方でございますよ(笑)。

 でも、連携確かめるのに時間かかるし、長期の合宿や遠征に、所属チームがOK出してくれないと、ダメですよ。

 本番2日前の合流など、もってのほかです(笑)。
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# by cogno_eb2 | 2004-04-12 06:18 | サッカー

書評   

 ふがいないシンガポール戦から監督解任を求めるファンの騒動やジーコの後任探しが起こり、サッカーファンは少なからず「このままでいいのか?ジーコでいいのか。」という不安を抱えているようだ。

 そんな中で、私も思うところがあったが、監督論については感情的にならずに、ちょっと調べてから考えをまとめようと思い、本を買ってきた。

 まずは序論の序論ということで、書評を書いておこう。


『サッカー監督という仕事』湯浅健二 新潮社
 
 この本はタイトルやサブタイトルなどからすると「サッカー監督とは?」というテーマで比較論などが載っていそうだが、実際は「サッカーとは?」のエッセンスをのせることで監督の仕事を考えてもらおうという雰囲気だ。つまるところ、サッカーという競技とはこういうものだ、という内容だ。

 『サッカー監督という仕事』を読めば、単なるスポーツ観戦ではなく、サッカーの本質に迫る目を養えるという点で、サッカー自体の面白さがわかるような内容になっている。


『ヒディンク自伝』フース・ヒディンク 文芸春秋社

 この本は、2002日韓W杯でベスト4に進出した韓国代表を率いたヒディンク監督のW杯までの軌跡だ。これを読むことで、監督の仕事とは具体的に何か、そして、ヒディンクは何をしたか?がわかる。

 前者を読んでサッカーとはどんなスポーツかがわかったところで、後者を読んでベスト4監督の実際の手腕に触れると、現在のジーコジャパンの姿が浮き彫りにならないか、という狙いだ。

続く・・
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# by cogno_eb2 | 2004-04-09 18:33 |

理解できないのはこっちだ。  ~小泉首相~   

小泉首相の靖国参拝が違憲と判断された。

 私は至極当然の判決だと思う。むしろこの判断を避けてきたこれまでの司法の態度が疑問だ。それだけに、裁判長の「過去を振り返れば、首相の靖国神社への参拝に関しては、数十年前から取りざたされながら、合憲性について十分な議論も経ないまま参拝が繰り返されてきた」(毎日新聞)との危機感と、判断をしなくてはならないとの義務感に基づく判決は、素直に評価したい。

 小泉氏本人の意向や参拝に込める気持ちがどうとかいう問題ではない。

 太平洋戦争中、神道が国の手厚い保護を受け、国家を治めた天皇が一宗教のトップ(=現人神)に位置づけられ、神道は国家神道として、治世の柱となった。神格が軍部に利用され、周辺のアジア諸国に深刻な傷を残した。

 国家神道=軍国主義であった戦中の教訓を念頭に考えれば、信教の自由は「何を信じても自由」に加えて、「何を信ずるかを権力から強要されない」こと、政教分離の原則は「国家が特定の宗教を保護しない」ことに加えて、「特定の宗教団体に利益をもたらす施策を行わないこと」と考えることができる。

 であるなら、一国の首相が公務として一宗教団体へ赴くことは、戦中の教訓から何も学んでいないことになろう。判決では小泉首相が公用車を使って参拝し、内閣総理大臣と記帳したことを公務と判断し、さらにはこの参拝で参詣者が大幅に増加したことから靖国神社の収益増につながったとしている。

靖国参拝「違憲でないと確信」=小泉首相

 小泉首相は「伊勢神宮などを参拝した時も『内閣総理大臣』と記帳している。靖国だけなぜとがめられるのか」と発言しているが、訴状が靖国参拝に対してであったから、靖国参拝への判決が出たのだ。伊勢神宮やほかの神社への公式参拝を訴えの対象としていれば、その答えは当然もらえるだろう。今回の判決で「靖国だけダメ。伊勢神宮はいいよ」と言っているわけではないことくらい、素人にでもわかる話だ。

<小泉首相>「靖国神社は私的参拝」初の表明

靖国参拝は私的?「そうです」と首相

 さらに小泉首相は「個人的な信条に基づく参拝だから私的な参拝といってもいいんですかね」と発言し、初めて私的参拝のつもりだったことを表明した。これまではたしか「小泉純一郎として参拝している」としてはぐらかしていたが、違憲の判決でさすがに「あれは私的だった」と逃げざるを得なくなったのだろう。

「日本人が靖国神社に参拝してどうしていけないのか。(反発は)不思議で仕方がない」という発言もあった。中国が怒っているのは、日本人が靖国に参拝しに行くことではない。私が参拝しても中国は怒らないだろう。一国の首相が参拝するから怒っているのだ。すりかえてもらっては困る。そして、なぜ怒っているのか。戦争犯罪人をまつってある宗教施設に首相が出入りしているからだ。

 神道がなぜ戦争犯罪人をまつるのか、また、「まつる」というのはどういう意義があるのか、私はよくわからないが、まつることで戦争犯罪人の魂が神となってそこに宿るのなら(ほんとかよ?)、それに会いにいっちゃまずいでしょ。戦没者の追悼の意味であれば、戦争犯罪人とそいつらの命令で尊い命を失った戦没者を一緒に追悼するのは明らかによくない。

 小泉氏が私人として神道の信者であるか、信者として参拝しているかどうかなど問題ではない。靖国という宗教法人がどういうつもりで、どういう意義で戦犯をまつりあげているかの意義も問題ではない。問題は、戦争犯罪人を宗教施設内に位置づけている宗教施設に首相が出入りするという外形的な行為が、先の戦争の反省をし、二度と繰り返さないという姿勢として受け止めることができないと周辺諸国は言っているのだ。

 同時多発テロを引き起こしたテロ組織には、アメリカ人を殺せという中東の神の教えが根本にある。仮にテロ組織が「もうしません」と白旗をあげた後に、引き続き戦争の神の宗教行事を大々的に行ったらどう思う?またやるんじゃないかって思うでしょ?それがテロ集団ではなくて国家のレベルで問われているのだ。

 小泉首相が戦没者の追悼をどうしてもやりたいというのなら、神社にこだわらなくてもよい。純粋に神道の信者として宗教行事に関っているのではなく、戦没者の追悼なのであれば、無宗教の戦没者追悼施設をつくり、一国の首相が反戦の誓いをそこで立てるという姿がもっともわかりやすいではないか。

 でも、その施設は靖国神社の圧力で、神社信仰のあつい靖国族議員(?)たちが反対の立場を堅持しているから、いっこうに話が進まない。こうやって神道が政治にからんできて政策に影響を及ぼしていることこそ、政教一致だよね。

 政教一致・政教分離の問題は、戦中の過ちを二度と起こさないことを念頭に、公的機関(総理大臣や閣僚を含む)の行為を外形的に捉えて判断しなくてはならない。首相は日本国民として、日本国憲法のもとで信教の自由が保障されているが、公的機関としてはその行動が規制されているのだ。個人として何を信じようがかまわないが、公的機関としての行動と立て分けて考えなくてはならない。公的機関が「日本人として神社に参拝することは当然」などと発言すれば、公的機関が神道を国教と認識していることにもなりかねない。

 このあたりの議論が精緻にできない人(靖国神社とねんごろの靖国族の議員たちも含めて)には、政界から退場してもらうしかない。

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# by cogno_eb2 | 2004-04-08 12:13 | ニュースコラム

特定船舶入港禁止法案提出   

<特定船舶入港禁止>自、公が法案を共同提出 北朝鮮に圧力

自民、公明が「特定船舶入港禁止法案」を国会提出

 昨日のNHKテレビで、北朝鮮と日本の貿易は年間200億円で、北朝鮮の貿易総額1000億円の実に1/5を占めるといっていた。
その内訳はズワイガニなどの魚介類、スーツなどの紳士服、マツタケなどの農産物、そして石炭らしい。

 200億円もの貿易のほとんどが船舶を使った海上輸送で行われているため、入港禁止となれば北はおおきな痛手だ。日本としては外交カードとして有力だ。

 入港禁止になったあかつきには、自国民にマツタケやズワイガニを食べさせ、服を着せ、石炭で暖を取ってほしいものだ。貿易で得たカネが党幹部の私腹を肥やし、武器弾薬や核開発に向かうより、国民の飢餓を救ってやってくれ。

入港禁止法案反対で首相に要請=朝鮮総連幹部

 朝鮮総連が首相に対して要請文を提出したということだが、その中身は「不当な圧力や経済制裁を加えたり、在日朝鮮人の生活や人権が侵害されないよう対処」せよ、とのことだが、隣国に不法侵入し国民を拉致し、解決の見返りにカネをよこせと迫り、言うことを聞かせるために核開発をして脅しをかける・・・。一方国内では自国民を収容所送りにし、飢え死にさせ、国外逃亡者が増える一方・・・。そんな国を人権の観点から制裁を加えるというのは決して不当な圧力ではない。人権を尊重し、北のかわいそうな国民のためにもできる限りの外交を展開するのだ。在日朝鮮人からカネを巻き上げて北朝鮮高官に貢いでいるあなたたちに言われる筋合いは無い。

 ここまで書くと「制裁大賛成」「やれ!やれ!」に見えるかもしれないが、それは朝鮮総連が馬鹿な論理立てで反対してくるからついかっとしたもの。

 実際には外交カードであるがゆえに、外交の成果が上がることが重要で、どの成果を出すためにどのカードを切るか、ということが本題。

 これからの課題は、どの状況でどういった制裁を科すのかという政府の説明だ。先に成立した改正外為法も閣議決定と国会の承認が必要だ。我々国民は注意深く議員を選ぶことはもちろん、政府の動きを注意深く追っていかなくてはならない。

 世論は常に冷静にことの本質を捉えようとしなくては健全な社会は築けない。これ持論。
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# by cogno_eb2 | 2004-04-07 12:02 | ニュースコラム